002

「そこ!盾を下げろ!しっかり前を見るんだ!敵から目を離すな!」

今日も前庭では騎士団の訓練が行われ、カレンが怒号を飛ばしていた。

「精が出るな。」
「審問官!」

フェンヌが近づいて声をかけると、カレンは飛び上がるほどの勢いで驚いた。フェンヌは目を丸くした。

「すまない。驚かせるつもりはなかったんだが。」
「いや……、あなたのせいではない。申し訳ない、わたしは……」

カレンはそう言い淀み、首を横に振った。

「いや、何でもない。」

フェンヌは首をかしげた。

「なんだ?言ってくれ。」
「本当に…気にしないでくれ。たいしたことではないんだ。」

そう促しても、カレンは頑として口を開かなかった。

「この間から様子がおかしいと思うのは私だけか?」

フェンヌが尋ねると、カレンはしどろもどろになって視線を泳がせた。

「そんなつもりは…ない。だが…そう、見えるのであれば…申し訳ない。」
「……。」

フェンヌはしばらくカレンを見つめ、その目が逸らされると、はっとした。

「もしや……体の調子が悪いのか?例の件で……」

それはレッド・リリウムを絶っている件についてだった。しかしカレンはすぐに首を横に振った。

「いや!そうではない。すまない。本当に何でもないんだ。ただ口が余分に動いてしまっただけだ。」

そう言い切るカレンに、フェンヌはなおも訝しげな目を向けたが、隠し事を白状させることは諦めた。


フェンヌが立ち去ると、一連の様子を見ていた訓練兵たちが身を寄せ合って囁き合った。

「な?言った通りだろ。指揮官はどうも、審問官に夢中らしい。」
「確かに……あんな指揮官は見たことがない。あんな、初めて恋をした少年のような……」
「顔は真っ赤だし、言葉ものどに突っかかってまともに話せない……あの指揮官が。」

ププッ、と誰からともなくふきだして、笑い声を噛殺す。

「そこ!私語をする暇はないぞ!剣をとれ!」

直後に響いたカレンの怒号で、彼らは慌てて剣を構えたのだった。



「よおフリル。」
「ヴァリック。」

自室に戻ろうとしたところで、フェンヌはヴァリックに呼び止められた。

「いつの世も障害のある愛は素晴らしいな。なんてったって周りを巻き込んで燃え盛り、大火事にまでなってしまう。そう思わないか?」
「何の話だ?」
「あれさ」

ヴァリックは訓練兵を指導するカレンを顎で示した。先程近くに行って話をしたときには気が付かなかったが、離れてみると周りには、カレンを熱心に見つめる娘たちが何人もいる。

「カレンはモテるんだな。」
「肝心の本人はどうなんだかな。」

ため息を吐くヴァリックに、フェンヌは目をやった。

「カークウォールには、いい人はいなかったと言っていた。」
「ふん。まるで別の所にはいるみたいな言い方だな。」

ヴァリックはそう言って、にやりとフェンヌを見上げた。フェンヌはそれに対し何も答えずに、その場を後にした。



スカイホールドに夜が訪れるのは早い。
フェンヌは自室で書類に目を通していて、そのうち薄暗くなり、蝋燭に火をともしたが、すっかり日が暮れてしまったことに気が付くと、一つのびをして火の始末をし、出来上がった書類だけを持って自室を出た。
宿舎の扉を出ると、ちょうど会議室の方からジョゼフィーヌがレリアナと共にでてきたところだった。ふたりは、フェンヌを見つけると笑顔で駆け寄ってきた。

「ちょうどよかった。これを渡しに行くところだったんだ」

フェンヌはジョゼフィーヌに書類の束を渡した。

「ああ、ありがとうございます。」
「大忙しね。この後の予定は?」

書類の束を見てレリアナがため息交じりに尋ねた。フェンヌはあまり考えずに素直に答えた。

「招集依頼を確認して、それから鍛冶場へ行こうかと。」
「そう。でもその前に、私たちと酒場へ行くべきじゃないかしら?」

ねえ?とレリアナはジョゼフィーヌに目くばせし、ジョゼフィーヌもフフッと笑みをこぼした。

「わかった、行こう。」

フェンヌも嬉しげにうなずいた。

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