004
それから二日後の夕方のことだった。レリアナは密偵から報告書を受け取り、そこに記されている文章を読んで、頬に笑みを浮かべた。
「あら」
その喜びと安堵に満ちた呟きは、誰の耳にも届くことはなく、夕闇のまぎれて消えて行った。
翌朝、フェンヌが軽い朝食を済ませ、調査の資料を受け取りに図書館へ行くと、朝早いためかまだ誰の姿もなかった。しかたなく本棚を眺め、興味のある本を探していると、ふっと手元が翳った。次の瞬間には腰に手が回され、振り返ると、カレンがほほ笑んでいた。
「驚いた。どうしてここに?」
「時間が空いたから読書を……と言おうと思っていたんだが、だめだな。本当は、あなたがここへ来るのが見えたから、追いかけてきたんだ」
カレンの告白で、フェンヌはにわかに頬を染め、微笑んだ。
「……誰もいないな」
周りを見渡してカレンはそう呟き、真剣な顔をしてフェンヌを見つめた。フェンヌは受け入れるようにカレンの腰に手を回した。そして、ふたりはくちづけをした。
静まり返った図書館で、数万冊の古書がじっと息をのんでいるような気がした。
一度唇を離して、フェンヌがカレンの顔をじっと見つめると、カレンはフッと微笑んで、またフェンヌの唇に触れた。くちづけは深くなっていき、カレンはフェンヌの首筋を切なげになぞり、腰に手をやった。フェンヌも受け入れようとした。しかしカレンは2度、名残惜しげに口づけをした後、フェンヌから手を離した。
にわかにぎこちない空気が流れた。それをごまかそうとするように、カレンは口元に笑みを浮かべた。
「もう、戻らなくては。名残惜しいが……」
そう言い残して階段へ向かうカレンに、フェンヌは声をかけた。
「カレン」
しかしカレンは微笑を向けただけで、急いでいる様子で階段を駆け下りて行ってしまった。
その日からフェンヌは忙しく、1週間の間遠征へ出ることになった。ファロー沼での兵士捜索を遂げ、遠征班が戻ってくるころには、一平卒の兵士も見捨てない慈悲深いアンドラステの使徒、と瞬く間にうわさが広がった。
フェンヌは城へ戻り久々の風呂に浸かった後、兵舎へ向かった。
兵舎には、ファロー沼から帰還した兵士たちが体を休めていた。フェンヌが入って行くと、兵士たちは驚いて道を開けた。
「し、審問官!」
驚く兵士に、フェンヌは膝をついて語りかけた。
「横になっていろ。怪我はどうだ?」
「いえ……あの……たいしたことはありません。アンドラステの使徒様のおかげです。」
「そうか、無理はするなよ。」
フェンヌがそう声をかけていると、また兵舎内がざわめいた。フェンヌが振り返ると、カレンがやってきていたのだった。カレンはフェンヌを見つけて驚いた様子だったが、微笑みを浮かべた。
カレンも、ファロー沼から帰還した兵士の怪我を案じて様子を見に来たのだった。
2人は兵舎を出て、ゆっくりと前庭へ出た。
「遠征から帰ってきていたんだな。あなたは、怪我はないのか?」
「何もないよ。前衛が優秀だからな」
フェンヌはそう言って、すぐそこの訓練場で自主特訓をしているカサンドラに目をやった。するとカレンも納得を得たように苦笑した。そして、フェンヌを愛おしげに見つめた。
「そんなに心配か?いちおう、自分でもそこそこ強いと自負しているんだが」
「あなたの強さは知っているさ。ただ、誰だって美しいものに傷がつくのは耐え難いだろう」
「あなたがそんな詩人のような世辞を言えるとは思わなかった。」
フェンヌが笑うと、カレンははにかんだ。
「言えるさ。本心だからな」
カレンは不敵に笑い、フェンヌに顔を近づけようとした。しかしフェンヌが身を固め、カレンの胸を弱く押し返した。そしてようやく、カレンはそこが兵舎の前だと思いだした。
「もし時間があるなら、場所を移さないか?」
フェンヌが提案すると、カレンははにかみながら二つ返事で了承した。