「……松本加奈、だそうです……」
読み終えるのには五分とかからなかったけど、読んでる間誰もお弁当に手をつけなかった。
周助は目を閉じて、菊丸君と紬は目と口を開いたままあたしを見つめる。
「……結局文句みたいなもんじゃん」
「紬……」
「謝らないって何様?あれだけのことしといて逃げてさ!あー、もう!」
「ふぇ?な、何、紬……」
紬が菊丸君の胸倉を掴んだと同時に、あたしは二人の間へ止めに入る。
……――のが遅かった。
時既に遅し。
紬の右手は菊丸君の左頬を捕らえて、渇いた音が部屋に鳴り響く。
「痛い!」
「あー……スッキリした。少し」
「痛いよ!痛い!紬!」
「あーもー、ぎゃーぎゃー言わない!男でしょ!」
「ごめんね、菊丸君。紬、物よか人に当たるから……」
半泣き状態の菊丸君を宥めてると、周助が床に置かれた状態の手紙を拾い上げ、少しの間見つめる。
目が動いているから、松本さんからの手紙を読み返してるようだ。
「……初めて人に騙された感想は?」
「ちょ、紬。何言い出して……」
「私はまだ許してないんだからね!雫に罵声浴びせてさ。騙されてたから仕方ないなんて言葉で片付けられても……」
「ちょっと!怒るよ、紬!」
「いや、雫……いいんだ。紬さんが言うのは事実だから」
「周助……」
静かに目を伏せて一呼吸おく周助に、あたしはそれ以上言葉は紡げなくて。
乱暴に床に座って、無言でお弁当を食べる紬を睨みつけた。
紬は「アンタが睨んでも怖くないからね」なんて言って。
でもあたしを心配したからこそ、周助にわざと厳しい言葉をぶつけてくれた……。
それは分かるから、あたしは紬に何も言えない。
迫る次の授業を考えて、あたしも周助も気まずい顔の菊丸君も、お弁当へ箸を進める。
誰も発言しない、この異様な雰囲気で、食べるのが早い菊丸君が「でもさ……」と重々しく口を動かした。
「でもさ、終わりよければ全てよしって言うじゃん。結果的にはさ、不二も雫ちゃんも離れなかったんだから、それでいいじゃん」
「英二、アンタねぇ〜……。そんな問題じゃあ!」
「えー!だって雫ちゃんも不二も結局大好き同士なんだから、離れられないんだよ!色んな障害はあっても、これは絶対なんだから……さ」
紬の勢いが止まり、紬が菊丸君の顔を伺う。
またもや胸倉を掴みそうだったけど、菊丸君の言葉で完全に失速。
行き場のない感情をぶつけられなくて、あたしと周助の顔も一緒になって伺う。
「まぁ、アンタ達がいいって言うならいーんだけど。私が怒ったって、もう仕方ないことだし」
「紬……」
「アンタ達が幸せなら、それでいいよ」
午後の授業の予鈴が鳴る。
昼休みの終わりを告げる鐘の音だ。
食べかけのお弁当を慌てて片付けて、教室を出て行く紬と菊丸君の後を周助と追う。
「良かった、ね。仲直りできて」
「紬さん。でも僕は雫を傷付け……」
「だからもういいって!雫が許したんなら私も許さなきゃ、ね。雫が可哀相」
腑に落ちないことが大嫌いな紬の笑顔。
あたしはその笑顔に、どこか救われた気がした。
――――放課後。
いつもの帰り道を二人で帰る。
日が短い冬、影は既に長くて夕闇に溶けて先が見えない。
「寒いね」
「うん。雫、平気?」
「平気。周助と一緒だもん」
繋いだ左手は、周助のコートのポケットの中で。
あたしは少し力を込めて、周助の右手を握り返した。
いつも通りの会話は、あたしの心をあったかくしてくれてる。それが嬉しくてたまらなくて、口元が自然と綻んでしまう。
「あ、そういえば」
「ん?なぁに?」
「越前からも手紙、来たんだ。内容は読んじゃったけど」
「あ、そう言えば海外行ったんだよね?えー、意外!周助に書くイメージ全然ないのに。……何て書いてあったの?」
周助は、それまで合っていた目線を背負っていたバッグに移すと、なにやらバッグの中身を少しいじる。
数秒後、あたしの前に一枚の紙切れを差し出した。
「……ッ」
「何、笑ってるの」
「や、だって。すっごく越前君らしいから……」
書いてあったのは、たったの一言。
“不二先輩、借りは必ず返して下さいね”
笑わずにはいられない。
だって本当に、彼らしいから。
「……でも、こうやって周助と二人一緒にいられるのは、越前君のおかげだよね。やっぱりお礼言わなきゃね」
「うん……。お礼は言っても、雫は譲れないけどね」
「あはは!あたしも松本さんには周助譲れない」
並んで歩ける幸せ。
これからの道も、こうやって二人で歩いていく幸せ。
小さなことかもしれないけど、あのことがなければ気付かなかったかもしれない。
本当はこんな当たり前の日常が、一番幸せなんだ。
「あたし……周助の隣がいい。だから強くありたい」
「僕も、だよ。雫を守るために、誰にも何にも負けない信じる気持ちを持つことが大切……だからね」
複雑を見せた四人の関係。
これは一人一人に課せられた神様からの試練だったんだよね。
それを乗り越えて、みんな成長した。
あたしは周助と共に歩く強さ。
周助はあたしを信じる気持ち。
越前君は見守り、支えてく強さ。
松本さんは広い視野と優しい気持ち。
みんなそれぞれに目の前の幸せを望んでいる。
それを掴み取るために、壁に試練に耐えて少しずつ成長してるんだ。
「ねぇ、周助……」
「ん?」
「ううん!何でもない」
あたしも周助も笑顔でいられる。
これからも、色んな壁にぶつかると思うけど……でも。
でも、今なら自信持って言える。
この愛は絶対、だって……。
「ねぇ、教えて。気になるよ」
「やーだ。だって恥ずかしいもん」
周助が後ろから抱きしめる。
途端に広がる周助の匂いに、あたしの心臓は跳ね上がった。
そして、いつになっても慣れない周助の……温もり。
あたしが言おうとしたこと。
それは――……。
「ね、誰かに見られたら……」
「教える気になった?」
「……ならないッ!」
「頑固だなぁ……。まぁ、そこが雫のいいところでもあるんだけど」
あたしが言おうとしたこと。
それは、できることなら……一生周助の隣にいたいってこと。
これから大人になって、おばあちゃんになっても……隣はずっと周助がいい。
恥ずかし過ぎて、そんなこと言えないけど……周助も同じこと想ってくれてたら嬉しい、な。
「じゃあ、しょうがないから教えてあげるよ」
「ふふ、有難う。で、何?」
「んー……周助が大好きって言いたかったの!」
「……違うでしょ?」
そう言いながらキスしてくれたあなたの唇は、とても温かくて。
それだけであたしの心はあなたで満たされる。
あなたの隣なら、笑顔でいられる。
あなたにも笑顔でいてもらいたいから、あたしはあなたを支える。
もう何も怖くない。
あなたのために、あたしは強くなる。
あたしのために、あなたはあたしを信じてくれる。
愛してる。
だから、これからもずっと――……。
一緒に時を紡いでいこうね……。
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