ShortStory

ワガママなお姫様



実はちょっとした夢があるの。
学生時代だからこそ、やってみたいこと。





「絶対ダメ」
「えー!なんで?!」


放課後、周助の部活も終わった帰り道。あたしはいつも通り周助を待ってからの下校だったんだけど。
今日はちょっとだけ勝手が違う。


「いいじゃん、夢だったんだよ!」
「危ないからダメ」
「けちっ!」
「ケチで結構」


実は今朝、あたしは寝坊をして。いつもより三十分以上遅く起きてしまった。
慌てて学校に向かうのに、徒歩だと絶対遅刻という場面。そこであたしは、高校入ってからは全然使ってない自転車で登校した。
おかげでギリギリセーフ。朝練が終わった周助に、何気ない顔で合流したんだ。


「まさか雫が朝寝坊するなんてね。そこで自転車で学校くるのは分かるよ?」
「じゃあ!なんで自転車の二人乗りはダメなの」
「危ないって言ったでしょ?そもそも道路交通法違反じゃない?」
「ぐっ!ぐうの音もない……!」
「ぐ、は出てるよ?」
「揚げ足とらないで!」


だって夢だったんだもん。彼氏が運転する自転車の後ろに乗ること……!
憧れるじゃない?大人になったらなかなかできない事だと思ったし。
今のうちに甘酸っぱい青春したいってそんなにダメ?!

自転車を押しながらトボトボと周助のあとを追うと、その周助が数歩前で立ち尽くして遠くを見てる。
爽やかな初夏の風が周助の琥珀色の髪の毛を揺らして、あーなんだかキレーだなぁ……なんて思った。
こんなキレーな彼氏が二人乗りしてくれたら、あたし死んでもいいのに。


「……今、二人乗りできたら死んでもいいな、とか考えてたでしょ」
「なぜ人の心を読むの……!」
「顔に書いてあるんだよ。ねぇ、雫。あそこだったらまだいいかな」
「えっ?!」
「公園。見つかったら注意は受けるだろうけど。公道よりはマシかなって」
「……周助様……!」
「ふふ、様って何?じゃあそうと決まれば行こうか。日が落ちる前に」


あたしが押してた自転車を、今度は周助が代わりに押して、行き先は自宅から公園へ。
だから大好きなんです。こうやってあたしのワガママに付き合ってくれるから。
ワガママ言えるのも周助だけ、だけど。


「だけど。ちゃんと危ないことは理解してね。本来はダメなんだから」
「はいはーい!」
「もう、分かってるんだか分かってないんだか……」



夕暮れが強くなってきた公園では、すでに人が疎らで。
「これなら自転車が走り抜けてもぶつかるような事はないかな」と、周助は荷物を一旦ベンチに置いた。
あたしも同じように荷物を置いて、いざあたしも乗車!ってところで、周助がまだ自転車に乗ってなかった。


「あれ?乗らないの?」
「え?雫が漕ぐんじゃないの?」
「えぇ?!!」
「だってこの自転車、雫仕様でしょ?僕だとちょっと小さいよ」
「え、ちょ、え?」
「だから危ないって言ったのに。聞かないから……」


そういう事?!え?あたしが漕ぐってこと?!!
あたしが漕いで、周助が後ろに乗る……。悪くないけど、悪くないけど!!

慌てて色々と考えを巡らせてると、周助がクスクスと笑い始めた。


「からかったでしょ……」
「ふふ、分かっちゃった?冗談だよ、お姫様。さぁ、後ろにどうぞ」


不貞腐れた顔してたら、今度はお姫様扱い。どんな扱いされても、結局あたしは嬉しくなってしまう。
なんだか納得いかないけど、素直にソレを照れながらも受け取ることにした。

あたしの乗せると、周助は力強く自転車を漕ぎ始めた。
あたしがしがみついてるにも関わらず、全然バランス崩れずにすぅーっと前に進む自転車。風がどんどん流れてく。
あぁ、コレコレ。コレだよ。あたしが求めてた夢。


「どう?お姫様」
「うむ、くるしゅうない」
「それは殿様じゃない?」
「そうかな?豪華な着物きたお姫様じゃない?」
「どっちかというと、白塗りしたお顔のちょんまげ付けた殿様じゃないかな」
「周助ソレ……あたしがバカ殿って言いたいの?」
「ぷ……あはは!そんなことないよ」


珍しく大笑いする周助の背中を、右手でバシバシ叩くと「ほら、危ないからしっかり捕まって」と諌められてしまう。
仕方ないので、そのまま背中に頭を預けた。頬に広がる周助の温もり。風が初夏の匂いを掠めて、周助とあたしを包み込んでるみたいだ。


「はー……嬉しい。夢が叶った」
「ずいぶん小さい夢だったね」
「そんなことないよ。彼氏がいなかったらできないもん」
「そう?いつでもできそうだけど」
「大人になってからと、学生時代とじゃあ甘酸っぱさが違うの!」
「そういうもの?」
「そーなんですぅ〜!」


公園をぐるっと一周して、荷物を置いたベンチに戻る。
はぁ……夢の時間もこれで終わり。でも、もちろん悔いはない。
あたしは自転車を降りて、自分の荷物をカゴにうつす。周助もあたしに自転車を渡すと、荷物持って歩き出した。
もう空は闇を纏いはじめ、一番星が輝きを見せはじめる。

少し冷たい風を頬に感じながら、ぽつりと周助が呟いた。


「あ。僕も夢が叶ったかな」
「え?」
「雫のワガママな夢を叶えたこと」
「……え、それ夢?」
「僕が雫にしてあげられる、雫が僕としたいこと。叶えてられてよかったよ」
「周助……」
「でも、二人乗りはやっぱり危ないし、もうしないからね。怪我でもされたら、たまったもんじゃないよ」
「ふふ、はーい!」
「あ、ちょっと馬鹿にしてるでしょ?」
「そんなわけないじゃん!」


あたしだって、こんなこと周助にしか言わない。
だって、叶えてくれるって思ってるから。
あたしのどんなワガママでも、周助はできる範囲で叶えてくれるって知ってるから。

あたしだけが知ってる、あたしだけの特権。











ワガママなお姫様
(あ。でももう一個叶ったかな?)(なに?)(背中に感じた、雫のむ……)(ち、ちょっと!)(世の中の男子がみんな思ってることだと思うけどなぁ……)

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