君を追いかけてどこまでも。
月明かりを頼りに、一歩また一歩。
君は僕を知ってるかい?
「寒い……」
良く晴れた月夜、2月28日深夜―――……。
口から言葉が出れば、ふわふわと白い息が闇夜に現れて消えてを繰り返す。
ただ夜道を歩いてるだけ、なのかもしれない。
何処かに行きたいのかもしれない。
ただ、今言えることは……。
僕は今日と明日の間で歳をとる。
「会いたい、だけなんだけどね」
誰かに話してる訳じゃない。
誰かに聞いてもらいたいのだけど、生憎誰もいなかった。
僕の誕生日なのにね。淋しい夜だ。
カツカツと靴の音が夜道に響く。
心地好い音だ。僕が好きな音の一つ。
「――……あのぅ。すみません」
あ、この声。これも好きだ。
僕が好きな声。好きな人の声だ。
と、ふと我に返った。
「……はい?」
「あ、すみません。本当にすみません。こんな深夜に声かけちゃって。あたし、怪しい者じゃないんですが」
知ってる。知ってるよ、君のこと。
だってずっと恋い焦がれていたから。
ここから数十メートル先のマンションに、君が一人暮らしし始めた時から。
何か悟られまいと、着ているコートの襟を引き上げる。
「自分から怪しい者じゃないと言ってる人ほど、怪しい人はいないと思うけど」
「え?!あ、え、あー……すみません。でも、本当に怪しい者じゃあ……。ど、どうしようかな……」
予想通りの反応に、思わず口元が緩む。
あ……見えてないよね?隠れてるよね?
「ふふ、いいよ。確か同じマンションの人だったよね?」
「……ご存知だったんですか……?!」
「うん、ごめんね。意地悪しちゃった。君も5階だったよね?」
「……!……そ、そうです」
名前も知らない君。ただ同じ階に住んでいるっていうだけ。
それだけしか本当に接点がなかった。名前も歳も、君のことは何も知らない。
君が優しくて、回りを明るくするような心の持ち主ってこと以外……。
そして何の用もないのに、いきなり声をかけられるほどの勇気は……僕にはない。
だから、ずっとずっと胸に閉まっておいた。この淡い恋心を。
こんなにも誰かを想うなんて……初めてかもしれない。
ただただ君を追いかけてばかり。
「で、あの……。いい、ですか?」
「あ、はいはい。何かな?」
「あの、ですね。今日……なんですけど。あのー……お、た、んじょう、び……ですよね?」
「……はい?」
今日二度目の声が上擦った返事だ。
「あ!あの、不二……周助さん……ですよね。間違ってないですよね」
「そう、だけど……。何で僕のこと」
「あー……って当たり前ですよね。あたし不二さんが行ってる大学で、去年の春から事務員してるんです」
「……え」
「す、すみません。何かストーカー紛いなことしてるみたいですけど……。同じマンションに住んでる生徒さん、不二さんだけなんで。何か見掛けるうちに覚えちゃったというか何と言うか……。って、やっぱりストーカーレベルですよね。すみません」
こんなに小さくて華奢なのに、年上だったのか。……じゃなくて。
それはまるで、偶然が重なりあって必然に変わったような。
いや、世の中は偶然なんてない。必然だけだって、英二に借りた何かの漫画に書いてあったな。
その言葉を借りれば、彼女との最初の出会いからこの流れ……。
全て必然ってこと?
「たっ、誕生日も……。すみません。ちょろっと名簿拝見してしまいまして」
「あぁ……それで僕に声をかけたんですか?」
「は、はい」
「本当、ストーカーみたいですね」
「ごっ、ごめんなさいッ!」
「で?誕生日を迎えた僕に、何のご用でしょうか?HAPPY BIRTHDAYを伝えに?」
少し、意地悪な質問をしてみた。
ここまでの展開で、期待しない奴はいないと思う。
春に見かけた勤め先の大学の生徒。
同じマンション。
目につき始めて名簿で下調べ。
僕は何も知らなかったけど、君は何もかもご存知だったとはね。
本当に追いかけごっこ、してたみたい。
「あ、あの……。年上のあたしみたいな奴から貰っても、嬉しくないかもしれませんが……。お誕生日だし、せっかくの機会だし」
「はい」
「あたし、バレンタインとか自信なくて。誕生日なら何とかいけるかなって。で、悩んだんですけど……大した物用意できなかったんですけど」
「ふふ、はいはい」
「こ、コレ……。誕生日プレゼントです。そっそれで!もっ、もし良かったらですね!良かったら……あたしと……」
「……ありがとう」
僕の目の前に、青く大きめな袋にラッピングされたプレゼントを差し出される。
それを丁寧に受けとって、次に紡ぎ出される言葉を塞ぐかのように。
冷たくて凍えるような唇に、小さな音を立ててキスを贈る。
目が覚めるくらい……冷たいキス。
「……ッ、あ……あああたし!いいい今……!」
「お返事はYesでお願いします」
「……ま、まだ何も言ってない……」
「アレ?違ってました?顔真っ赤にさせて。それって寒いだけじゃないですよね?」
「……ッ!!!」
「まずは……お名前、お聞きしてもいいですか?」
片手にプレゼントを抱えこんで、空いた手で彼女の手を握った。
酷く冷たくて、冷え症なのかな……なんて脳裏を過ぎる。
「相葉雫です……。二十三歳です……」
「不二周助です。今日で二十歳。本当に年上なんですね……」
これからは二人で月明かりをひたすら進む。
僕らの白い吐息は、空気に融けて混じり合い、ふわりふわりと数を増やしては消えてゆく。
君は僕を知っていた。なら今度は僕が君を知る番。
今日から少しずつ。
手を握って、できればいつまでも。
必然性を求めて……ね。
必然的な誕生日
(プレゼント、見てもいいですか?)(え?ここで?)(あ。セーター……!)(ベージュ、お好きですか?)(もちろん)
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これまた不二君BD小説…!2011年でした。- 17 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*