ShortStory

月夜の恋



大人になってからのこの出会いは、本当に感謝しかない。
まさか十年経ってきみとこんな風に触れ合えるなんてね。
これも運命、ってやつ?
神様っているんだなって……柄にもなく思ったよ。





「お忙しい中、お時間頂きまして誠にありがとうございます」


とあるスポーツメーカー本社。
梅雨も開け、夏の始まりの某日。僕はスポンサーの一つでもあるメーカーの打ち合わせにきてた。
僕モデルのウェア販売で、色々と話があるってことなんだけど。


「いえ。ちょうど大きい試合もないですし。でもまさか僕モデルのウェア販売とか、考えてもみなかったですよ」
「いやいや。今や人気の日本プロテニスプレイヤーでもある不二選手は、テニス少年少女の憧れですからね。ご謙遜なさらず」


謙遜じゃあないんだけどな。事実だし。
コレが好評だったら、ウェア以外も販売拡充したいって話なんだから……ちょっとビックリどころの話じゃあないよね。
でもまぁ……そこはスポンサー様ですから。
僕も貢献しないと、契約切られちゃったら大変だしね。大人って色々と柵があって疲れること多いな、なんてこの歳になって思うよ。

メーカー本社の会議室。案内された部屋に通されて、中にはすでに何人かの関係者がいた。
今回の企画に携わる人達って言われて、一人一人名刺を頂戴する。

その内の一人、女性からの挨拶と名刺の名前に見覚えがあった。


「……相葉……雫……って、」
「お久しぶりです。覚えてます?あたしのこと……」
「え?もしかして、中学のとき同じクラスだった……相葉?」
「そうです!覚えてて下さったんですね!」
「あれ?二人はお知り合いだったの?」
「あ、先輩。そうなんです。不二く……不二選手とあたし、中学校の同級生で。十年ぶりの再会です」


ビックリした。まさかこんなところで同級生に会うなんて。
いや、普通は忘れちゃいそうだよね。中二の時に同じクラスだっただけ、なんて。
本当のこと言うと、何人か忘れてるもん。


「いや、本当十年ってすごいね。お互いに高校も大学もほとんど会えなかったし」
「そう、だよね。たまにすれ違って挨拶するくらいだったよね?」
「高校も大学もご一緒だったんですか?不二選手」
「あぁ、はい。エスカレーター式に僕も相葉も……」
「あぁ、道理で……。相葉、お前たまにお嬢様発言するもんな」
「ちょ、先輩!どういう意味ですか、ソレ!」


このまま昔話に花を咲かせそうになると、相葉の先輩が「では、打ち合わせに入りましょうか」と流れを断ち切った。
仕事できてる訳だからね。談笑するには場違いだ。

花を咲かせるのなら……この打ち合わせが終わってからだ。




♦♦♦♦♦♦




「お、お待たせ!不二君!」
「やぁ、相葉」


あの日、打ち合わせを終わらせてからなんとか話をしようとしたけど、それが叶わなかった。
相葉は相葉で仕事があるし、僕も本社案内してもらったりして顔を合わせることもできないくらいで。
ちょっと諦めかけたんだけど、僕が帰る際に見送りにきてくれたから。挨拶する隙をついて、手帳のメモを破いて書いた連絡先を手渡したんだ。

そっと、耳打ちをして。


『よかったら……連絡して?待ってる』
『……へっ?!あ、え、う、うん……』


その夜には相葉から連絡があって。
しどろもどろな相葉に、八月十四日予定が空いてるかどうか確認をしたんだ。
僕の予定が空いてたこの日。ソレにちょっと賭けてたとこもある。
この日過ぎると、東京にいないんだよね。

すると、相葉からは予定がないから大丈夫って言ってくれて。そして今に至るわけだ。

まぁ、言っちゃえばデートってことなんだけど。

そんなデートだってわかってるのかどうか……相葉は白のワンピースという出で立ちだ。
ちょっと気合い入れてきてくれてるのかな?


「積もる話もあるからって、わざわざ予定詰めなくてもいいんだよ?不二君」
「あれ?僕のスケジュール把握してる?」
「そりゃあ、ね?あたし不二君のスポンサー様ですから!」
「あぁ、職権乱用……」
「ち、違う!違うってば!今回の企画で不二君のスケジュールもある程度把握してないとさ、進めらんないじゃん?!」
「あはは!わかってるよ?そんな真っ赤になって否定しなくても」
「うぅぅ……からかったでしょ……。もう、そういうとこ昔から変わんないよね?!」


相葉とは、中二のときに同じクラスになって。
席替えでたまたま隣の席になったのがきっかけで話すようになった。
面白いんだ、相葉。小動物みたいな動きとか、屈託のない笑顔とか。言動が面白くて、よくからかった記憶が今でも鮮明に覚えてる。

言ってしまえば、思春期時代の淡い恋心の一つなんだけど。

だからこそ今でも覚えてたんだ。
あれからそれこそ何人かお付き合いした人もいたけど、どうしても比べてしまう僕の初恋の人。

大切にしたい、愛おしい……と思える人は、正直この十年いなかったかな、なんて今は思う。


「で、どうするの?今日……」
「ん?あぁ……せっかくだからさ、思い出の場所巡りもいいかなって思ってるんだ」
「思い出の場所?」
「そう。僕達にとって思い出の場所って言ったら、青春台……でしょ?」
「えっ!」


そう、せっかくだから。触れ合えなかった十年を埋めたいなって思ったんだ。
僕の知らない相葉を知りたくて。
すれ違ってきたあの日々を、思い出したくて。

手を取って目的地へ向かう。
少し動揺したかに見えた相葉は、恥ずかしながらも頬を赤らめ受け入れてくれた。
そういう反応、僕は見逃さないよ?





「わぁ!待って待って!懐かしい!」
「なんかあまり街並み変わってないよね」
「えー!待って。ここ、よくきたカフェ〜!中高と通ったー!」
「あ、じゃあ入ろっか」


相葉がよくきたというカフェ。僕もきたことがあるところだ。
確かにここは青学からも近くて、学校帰りとか部活終わりとか甘い物食べたい英二に連れられて、よくきた気がする。


「懐かしい〜!あーなんか学生時代に戻っちゃうよ」
「本当にね。僕もよくきてたよ、ここ」
「え?ほんと?知らなかった!」
「意外と会わないもんだよね」


当時食べてたメニューもそこには変わらずあって。
お昼のピークタイムを過ぎたカフェは、ゆっくりとした時間が流れてる。


「ご注文は?」
「あ、じゃあ……この季節のケーキセットを、ウィンナーコーヒーのアイスで」
「僕はアイスコーヒーで」


あ、甘い物。そういえば相葉って、甘い物しか飲まないイメージだ。
中学のとき、昼休みの机の上はジュースが置いてある記憶しかないや。


「ふふ、相変わらず甘い物しか飲まないね」
「う……。だって苦いの飲めないし……」
「コーヒーだって甘いのだしね?」
「大人になったら飲めると思ってたんだけどな……一向に飲める気配がない……」
「別に無理してコーヒー飲まなくてもいいんじゃない?」
「や、だって。社会人がジュースってなんか……かっこ悪くない?」
「別にプライベートでは、なに飲んでもいいんじゃないの?」
「うう……大人の女性になりたいの!」


注文早々、運ばれてきたケーキを頬張りつつコーヒーにガムシロを入れる相葉。
大人の女性になっても、そういうところが変わってなくて僕は思わず微笑んでしまう。

可愛いな、って思うくらいに。


「不二君……バカにしてるでしょ」
「全然?可愛いなって思っただけだよ?」
「かっ……!あ、な、なななにを……ッ!」
「あはは!そういうところがね」


久しぶりに気取らない、素の自分でいるような気がする。
昔からの付き合いがある人なんて、ここ最近なかなか会うことも減ってきたから。
こうやって相葉をからかえるのも、すごく楽しいし。くるくる変わる表情と、たまに見せる昔から変わらない笑顔を見ると……僕の心も一気に昔の気持ちに戻る。

あぁ、やっぱり……僕の心にはきみしかいないんだな。


カフェを出たあと、寄るのはやっぱり学生時代に立ち寄ったところ。
その度に思い出話に花を咲かせて。
中学のときも高校のときも、実は試合の応援にきてくれてたのを話してくれた。
気づかなくてごめん、って謝ったら「声かけられなかったあたしもあたしだから」なんて言ってくれて。
もう少し僕が行動してたら、なにか変わってたのかな……なんて物憂いな気持ちになってしまう。

夜の帳が落ち始め、少しだけ夏の風の匂いが変わって星が輝き始めた頃。
少し早めの夕飯を終えた僕達は、最後の目的地に向かう。


「……どこ、いくの?」
「この道、覚えてる?」


もう、繋ぐのが当たり前のように相葉の手を握って、かつての通学路を歩く。
この手を僕は離したくない。
離れないきみを見て、少しでも僕と同じ気持ちでいてくれてるなら……と、想いが加速していく。


「青学の……中学の通学路、だよね?」
「そう。最終目的地」
「ふふ。ここも懐かしい。不二君バス通だったよね?」
「うん。実家からほんのちょっと離れてるからね、青学。歩いて行こうと思えば行ける距離だけど」
「あたし完全に徒歩だったから、不二君とバス乗るのとか憧れだったなぁ……」
「……え?」
「あ!えっと、その。み、みんな結構憧れてたんだよ?バス通の人羨ましい〜とかって!」
「そうなんだ。結構多かったよね、バス。駅からバスでくる人もいたし」
「う、うん!運動部の人気のある人とかさ、バス乗ってるとこ見ると……みんな沸き立ってたよ!」
「へえ。相葉もその内の一人、ってこと?」
「えっ?!あ、え、う……」


こんな反応を見るような質問。
らしくもなく焦ってる自分がいることに気付く。
手を握られたまま、少し顔を逸らして俯く相葉の表情は、まるで誰かを想ってるかのよう。


「意地悪しちゃったかな?」
「…………べ、別に……」
「思わせぶりな態度だなぁ。あ、ほら。着いたよ、青春学園中等部」
「え、あ、お、あ……」
「ふふ、なに?」
「ううん。うわぁ……ここが一番懐かしい!」


そこには、十年経っても全く変わらない中学の正門。
思わず学校名が彫られた銘板に手が伸びる。
当時、なにも思わなかったけど……こうやって変わらず存在があるって、なんだか感慨深い。


「中、入れるかな?」
「えっ!入るの?!」
「うん。こういうの、ワクワクしない?」
「だ、誰かにバレたら……」
「時期が時期だから、誰もいないよ。学校も電気付いてないし」
「えええええ」


重い門を少し動かそうとすると、ガチャン、と鈍い音が響く。
お盆だからか、無人になる学校にも門に鍵ぐらいはかけるか……。
ならば、と僕はその門を登る。青学の門って低めだから、簡単に登れちゃうんだよね。
鍵かける意味あるのかな?


「相葉……は登るの無理か。スカートだもんね」
「いやいや、不法侵入だから」
「OBなんだから、不法侵入じゃないよ。ちょっと待ってね……。そこ、足だけかけて?」
「いや、だから不法侵入……。あ、足?」
「うん。……ッ、よいしょ、っと」
「え……わぁっ!!!」


僕は門の上に座り、相葉には門に足をかけてもらって、そのまま抱き上げた。
小さい子どもが親に抱き上げられるように、簡単に持ち上がる。
膝に座らせて、今度はお姫様抱っこのように抱え込んだ。
いや、軽そうとは思ってたけど……本当に軽い。普段なに食べてるんだろ。


「ちょ、不二君!おおお降ろして……!」
「降ろすよ?敷地内に入ったらね」
「えええ!ちょ、あ、ぎゃあ!!!」


門から飛ぶようにして敷地内に着地。無事に降ろすと、よろめく相葉は僕を涙目で見上げた。
女の子らしからぬ声をあげた相葉は、中学で見てた相葉そのもので、思わず笑ってしまうほどだ。


「わ、笑わないでよ……」
「いや、ごめん。ふふ、だって……ぎゃあって……。ごめん、可笑しくて……」
「うぐ……!笑いすぎっ!誰でもああなるって!」
「あはは!本当ごめんね。可愛かったよ?」
「絶対ウソでしょ!可愛くないもん!」


可愛いなぁ、なんて思いながら涙目のまま怒る相葉の手を再び取って、校舎沿いに歩いていく。
テニスコートが見えて、僕も懐かしさが込み上げてきた。
月が高く、コートを照らし出す様は……当時の練習風景を思い出すには十分だった。


「懐かしいね」
「うん。本当、頑張ってた。中三のときが一番思入れ強いかな」
「あたし、よく練習みに行ってた」
「そうだったの?」
「遠くからだけどね」


コートを抜けて、校庭に辿りつく。これも全く姿が変わらず、色々と記憶が蘇る。
奥にプールが見えて、ふと思い立った。


「ねぇ、プール行こうよ」
「えぇ。行ってどうするの」
「暑いし、中に入ろ」
「えっ?!」


思い立ったら吉日。僕は抵抗する相葉を無視して、手を引いてプールに向かった。

プールの中には簡単に入れた。鍵なんてかかってなくて、プールサイドは一応靴と靴下を脱いで侵入成功。
ひんやりとした床のザラザラな感触が、中学のときを思いおこす。

さっきまで渋々着いてきた感が否めなかった相葉だけど、プールサイドまでくると完全に浮かれた気分でプールに近付く。


「足元気をつけてね。滑るから」
「うん、大丈夫!わー!本当懐かしい〜!あたし水泳部だったから余計!」
「あぁ、そういえばそうだったね。夏は黒かったもんね、相葉」
「いや……本当……真っ黒だったもんね……。今じゃ日焼けに気を使うようになっちゃって……」


恥ずかしそうに肌をさする相葉は、ちょっとだけ……とスラリと伸びる足をプールサイドに腰掛けて水につける。
って、ちょっと待って。僕の前でスカート上げて、足見せるの反則じゃない?


「くぅ〜……!冷たい!気持ちいい!」
「相葉……それ以上は……」
「え?なになに?不二君もちょっとだけ足つけない?……なんで顔隠してるの?」
「いや、一応僕も男だからさ」
「…………あっ!!!」


我に返った相葉が、耳まで顔を赤くして急に立ち上がった。
立ち上がったことでバランスを崩す。ふらり、とプールに向かって、ゆっくりと体が傾いた。


「あ!相葉ッ!」
「きゃっ……!!」


その手を取ったけど、引っ張るのに踏ん張りが足りなかった。
入れ替わるようにして僕がプールに落ちたけど、バランスを崩したままの相葉も、続くようにプールに落ちる。
夜の静かな学校に、激しい水音が立ち上がった。


「ぷはっ!」
「相葉、大丈夫?!」
「ご、ごめん!不二君!あたしを庇おうとして……」
「いや、庇いきれなくてごめんね。踏ん張れなかったや……恥ずかしいな」
「いやいやいや!あたしが急に立ち上がったから……」
「怪我は?どっか痛いとか……」
「それはあたしの台詞だよ!プロの選手になんてことを……」


ざぶざぶと音を鳴らしながら僕が近付くと、相葉は焦った顔を覗かせて僕の腕をさすり始めた。
僕の心配より、自分の心配をして欲しいくらいなのに。


「それこそ平気だよ。水に落ちただけだし、どこもぶつけてないから」
「……はぁ〜……よかった……」


お互いの無事を確認すると、静かな水面の音が急に耳に入る。冷えたはずの火照った体が、なぜか水の中で再び熱を持ち始める。

それは多分。相葉も同じなようで。
さっきまで白かったはずの顔色は、月明かりでも赤く色付いてるのがわかる。

プールに映る歪んだ月が、なんだかとても綺麗に見えて。
月明かりに照らされた、濡れた相葉の髪と……憂いを帯びた顔ばせ。

ぐっと、惹かれる自分に……この想いが届くんじゃないかって感じた。


「不二君……?どうし……」
「雫」
「……ッ!」
「学生の頃、なんとなく気持ちに蓋をしてたけど……今なら言えそうなんだ」
「……な、なにを……?」
「きみのこと……好きだった、って」
「えっ……?!」
「気持ちに蓋をしたまま十年経って。雫に再開したら……その蓋が開いちゃったよ」
「不二君……」
「開いてしまったら、しまっておくことができなかった。今も……雫が好き、だよ」


溢れ出した想いに、もう歯止めはきかない。
近かった距離は更に縮まって。その赤らむ濡れた頬に手をそえた。
逃げないでほしいと願いながら。

揺れる水面は月明かりでキラキラと輝きながらも、その形を映し出されていて。
動けば動くほど映る月は形を崩す。

逃げる素振りがない雫に、顔を近付けゆっくりと目を閉じた。
触れる唇の感触は一瞬だけど、プールの独特の匂いが鼻を掠める。


「……これが答え、でいいのかな?」
「……ッ、あ、あたし……あたしも不二君のこと……ずっと想ってた」
「うん」
「だから、不二君が使ってたメーカーの会社に必死で入社して」
「うん」
「今回の企画、も。本当は少しでも不二君に近付きたくて。頑張って企画書書いて」
「うん。入社二年目で大抜擢って聞いたよ」
「だって、やっぱり好きだから……!想いは届かずとも、応援してたかったから!もしかしたら少しでも隣にいられるんじゃないかって……」
「うん、嬉しい」


たまらず、ギュッと雫を抱きしめる。
大きい水音が耳に残る。雫の科白と共に。


「……好き、なの。十年前、席が隣になって不二君が話しかけてくれたあの日。あのときから……ずっと……ずっと……」
「僕が不甲斐ないばっかりに、十年も待たせちゃったね」
「そ、そんなこと、ない。それはあたしも一緒だもん……」
「……雫。十年越しの告白だけど……僕と付き合ってくれますか?」
「……ッ、は、はい、ッ……!」
「ふふ、泣きすぎだよ?」
「だって……だってぇ〜……」



こんな日がくるなんて。
想い続けたあの日の恋心。諦めないでよかったんだって思うと、本当に神様のおかげなのかなって思うよ。

この想い、ずっと一緒にいてほしいから。
もう手放したりはしない。

きみが好きだよ。









月夜の恋
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