とにかく、アイツはおかしい。
日本に帰ってきてからというものの、あたしにべったりだからだ。
元々そんなに頻繁に連絡をとる方じゃなかったのに、今は暇さえあれば携帯がピコンピコン鳴っている。
そんなリョーマを、クラスのみんなは冷ややかな目で見てたと親友の唯から聞いたのは、春休みが終わる直前になってからだった。
春の麗らかな風が、あたしとリョーマの間を駆け抜けていく。
桜が舞っていて、屋上から見ると風が薄いピンク色を帯びて掴めそうだった。
「春だね」
「そーだね」
「クラス、離れちゃったね」
「まぁ、しょーがないね」
「あーあ、連続記録も四年で終止符か……」
「え?そんなに同じクラスだった?」
「……気付かなかったんかい」
四月。始業式を迎え、あたしとリョーマは別のクラスになってしまった。
まぁ、悲しいけど気付かなかったのはしょーがない。つい三、四ヶ月前までリョーマは他に想い人がいたから。そっちばっか見てたもんね。
納得できなくても、納得するしかない。うん。あたし、大人になったわ。
でも、気付けばリョーマの恋の相談場所は屋上だった。
そして付き合い始めた今も、ここを秘密の場所として相変わらずお昼は二人で過ごしてる。
「……ウソ。ちゃんと気付いてるよ」
「うっ……くッ!」
「なに?」
「なんでもない……」
不意打ちで微笑むなッ!もう!付き合って日本に帰ってきてから、すげぇ微笑むじゃん!
今までそんなにあたしには笑わなかったくせに!
不二先輩の彼女さんに向けて、その笑顔振りまいてたくせにっ!
微笑むリョーマを直視出来なくて顔を反らしてると、リョーマが無理矢理あたしの両頬を掴んで顔を自分のほうに向ける。
あー待って待って待って!あたし未だにアンタの顔直視できんのよ!恥ずかしいんだっつーの!
つーか、乙女の顔をよりブサイク仕様にしないでくれる?!
「凛ってさ、すぐ顔反らすよね」
「あうっ!」
「なんで?」
「あ、ひゃふあぅぅ……」
「ふ、変な顔。真っ赤だし。タコみたい」
「ううううるひゃい〜ッ!」
顔を掴んでた手が離れて、ようやく表情筋が自由になった。恥ずかしくて仕方なくて、あたしは口をパクパクしながら両手で顔を隠すしか出来ない。
何も言えずにいると、するりと耳の縁を撫でられた。途端に背筋がゾワゾワして、体が大きく反応してしまう。
「ちょ、やめてってば」
「やだ」
「やだってアンタ、子どもみたいにっ!」
「いーじゃん。俺、子どもだよ」
「都合のいい時だけ子どもかよ!」
「だって凛が俺のこと見てくれないから」
すすすす拗ねちょるぞ、こやつ…………ッ!
もう何も言えなくて、こんな拗ねてるリョーマなんて初めて見たし。
いや、本当に。リョーマと付き合ってから、本当に知らないリョーマばっかりで。
あたしはそんなリョーマを知らなかったことの衝撃が強すぎて。
顔の温度が最高潮に達してる。まだ春なのに夏のように体が熱い。
何も言えないあたしに痺れをきかせたのか、リョーマはググッと耳元まで近付いた。
ふーっと息を吹きかける。
「……きゃっ!」
「あれ、可愛い声出せんじゃん」
「ばっ!な、なに……?!」
「誰もいないから、もっと聞かせてくんない?」
耳元まで近付いたリョーマは、あたしの耳の縁に唇を落とす。それは音も伴うもので。
その音も行為すらもあたしの頭の中を麻痺させるには十分すぎた。
抵抗できないでいるあたしに、リョーマの行為はエスカレートする。理解した時には、リョーマの舌があたしの耳を捕らえていた。
「や、ちょ……ダ、メ……」
「凛、耳が熱いよ?」
「ふっ……ぁ、も……ッ!」
ダメだダメダメダメ………………ッ!
頭がクラクラする。体に力が入らない。コイツ、あたしが耳弱いの知って……ッ!
そこでさっきまで耳元にあった唇が、首筋まで降りてきてることに気付いた。
さっきまでゾワゾワしてた感覚が更に襲ってくる。
「あ、もう、やめ……て……ンッ?!」
急に首筋に小さな痛みが走って、今まで力が入らなかったのが嘘みたいにあたしは、リョーマを無理矢理引き剥がした。
あたしなんかの力じゃあ到底かないっこないのに、リョーマは素直にあたしから離れてくれる。
「……ッ!ばかっ!こんなとこでなにすんの!」
「ほら、ソレで俺のもの」
「はい?!」
「そ、れ」
リョーマは自分の首筋をトントンと指差して、あたしの首に何かした合図をした。
ハッ……!まさか、コイツ……ッ!
鏡を持ってないから、携帯のカメラをインにして首筋を確認すると……。ほんのり赤い、印。
「あ、あ〜〜〜ッ!な、なにしてんの?!」
「言ったじゃん。俺のものって」
「ばっ!こ、こんなとこにこんなモノ付けたら、誰に何を言われるか……!」
「こんなモノって失礼じゃん」
「失礼もなにも!あたしに失礼だわ!」
「これなら誰が見ても凛に手出すヤツいないでしょ?」
「…………はい?」
「だから、離れてても。これなら安心かなって」
とどのつまり……クラスが離れたことで拗ねて。あたしが他に目移りしないよーに……ってこと?!
「っ……はぁ〜……。そんなことしなくたって、あたしはアンタから離れるワケないって……」
「分かんないじゃん」
「ほんと、バカ……。どんだけあたしがアンタのこと好……」
「ん?す?」
「す、す……すー……」
「ふっ。ホラ、はっきり言って」
「……ッ、好き、だと思って……るの」
「ハハ。俺も好きだよ、凛」
「うぅぅ〜!」
本当に子どもみたいに拗ねて。こんなことまでして。そんな簡単に離れてくワケないじゃん。
あんなにずっと、リョーマのこと想ってたんだから。
「あ、予鈴……」
「そんな跡あったら教室戻れないね」
「えっ?!」
「……サボろ、凛」
「それが狙いだったのか……」
「そんなつもりはなかったけど」
一緒にいられない時間がある分、一緒にいられる時は知らないアナタを見せてね。
Don’t get pouty
(あれ?凛!五限目どこにいたのよ!)(あばばば!ご、ごめん!サボっちゃって!)(……?首、どうしたのよ。痛いの?)(ひっ!あ、え、その……!)(……ハハーン?詳しく聞こうか?)(……ッ!)
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