Orange

越前リョーマ

雨が降りしきる校舎。
想い人を追いかければ、きっと何かがはじまると信じてた。





「あーもー雨降ってきちゃったじゃん!」


テニス部の練習、長々と見なきゃ良かった。でも、見たかったんだから仕方ない。
見れる機会のほうが少ない先輩。チャンスとばかりについ魅入ってしまった。

二年の越前リョーマ先輩は、テニスで既に海外とかで試合してるんだって。
あたしは高校に入ってから知ったんだけど……周りに遅れを取るまいと、時間があればテニス部の練習を日陰から見つめてた。

カッコイイんだよ。知ってるって?同じ委員会じゃなかったら、気付かなかったよ。あたしは。
外部ってこーゆー時ソンだなーって思う。

とりあえず、雨を避けるため校舎に入ってきたけど……これからどうしよう。
あ。二年の教室のほう行ってみようかな。ちょっとぐらいならいいよね?


「うわぁ……ここが二年の教室……!越前先輩は確か……」


忍び足で、既に誰もいない廊下を歩く。
目標は越前先輩のクラス。ついでに机とか見れちゃったら最高だなー!
……ストーカーじゃないからね。言っとくけど。初めてだから、こーゆーの。
誰もいないと思って歩いてた廊下に、ふと人影が目に入った。
バレたらまずいかな、と遠くから目を凝らして見ると、あたしが恋焦がれてる背中だった。

越前先輩……!やだ!運命?!

越前先輩は自分のクラスに用があったみたいで、教室の前まできて躊躇なく中に入ってた。
あ、あれ?でも……ここ、越前先輩のクラスじゃないよね?

そのまま忍び足で、先輩が入ってたクラスの前まで向かう。
教室の戸が少し空いていて、越前先輩の小さい声が聞こえてくる。


「なんだろ……?誰かいるのかな?」


少し空いた戸から、そっと中を覗いてみた。


「凛、凛。起きて」
「うー……」
「部活終わった。つか、見てなかったでしょ」
「うーん……」
「あーあ……」


……女の子、と越前先輩……。
越前先輩が、すごく優しい顔で女の子の頭を撫でてる。
急に心臓がありえないくらい高鳴った。今までないくらい、不安で押しつぶされそうなぐらいドキドキとうるさい。

もしかして。もしかして――――……。


「凛、起きないと襲うよ」
「んー…………」
「知らないよ?」


あたしからはよく見えない。越前先輩が女の子に覆い被さる状態。何をどうしてるかは全く見えない。
見たくない。見ちゃいけない。

なのに……なんで目が離せないの?

今まで高鳴ってた胸は、途端にズキズキと痛み始めた。痛い。すごく痛い。視界がボヤけてくる。


「……誰?」


それがあたしに向けられた言葉だって気付いた瞬間、今度は違う胸の鼓動が頭に響いた。
越前先輩がこっちに向かってくるのが見える。

ヤ、ヤバい!!!

咄嗟に隣のクラスに隠れて、息を潜める。さっきまでとは違う心臓の痛みに、思考はどうにかなってしまいそうだった。


「……あれ?誰かいたと思ったんだけど」
「ん……リョーマぁ……?」
「あぁ、起きた?」
「ごめん、寝ちゃってた」
「いいよ、別に。雨酷いし」
「うわっ!ホントだ……。あー傘持ってきてないよ」
「まぁ、少し止むまで待ってるしかないね」


隣のクラスからでも、見えなくても十分に分かる。
越前先輩の、優しい声色。
そっか……そうだったんだ。なんか越前先輩って浮いた噂とか全然聞いたことなかったからさ。

知らなかった、よ……。そうなんだ……。


「ふっ……う……。うぅ……ッ」


気付けば涙が溢れ零れてた。声を出したらバレる。なるべく出さないで、息を潜めて。
早く帰りたい。早く帰って、布団で大声出して泣きわめきたい。


「あ、ごめん、凛。ちょっとクラスに忘れ物。取りに行ってくるから」
「はーい」


越前先輩が教室出るのが分かった。自分のクラスに行く……って、もしかして?!こ、ここだ……!


「や、やば……!」


教卓にでも身を潜めようかと動いた時には遅かった……。
ガラッと戸が開かれる音が響く。ゆっくり振りかえると、何も言わずに立ちつくす先輩がいた。


「やっぱりね」
「あ!ご、ごめんなさい……!あの……」
「静かに。隣に聞こえるから。……一年?」
「ぁ……は、はい」


涙まみれの顔をあわてて拭うと、先輩がその手をいち早く掴む。


「こすると赤くなるよ」


さっき痛いほど高鳴ってた心臓は、再び頭に響くほどの音を鳴らして動きはじめた。
どどどどうすればいいの?!一体なにが起こってる?!!


「もしかして、俺に用事?」
「あ……の。その……二年の教室ってどんなかなって見にきてて……。そしたら越前先輩がいたので……」
「ふーん。後追ってきたってこと?」
「あ、はい……すみません……」
「別にいいけど。それで勝手に覗いて、勝手に泣いてるってこと?」
「ぁ、う、ご、ごめんなさい……」


ヤバい。全部見透かされてるみたいだ。
自分の心までも見透かされそうで、先輩の目……見れない。


「……まぁ、そーゆーことだから。傷付けて悪いけど」


そして、あたしの越前先輩へ向ける想いすらも……告げさせてくれない。
打ちのめされた気分だ……。


「は、はい。すみません、でした」
「本当にね。覗きは趣味悪いよ」
「ぅ……ごめんなさい」


掴んでた手を先輩がゆるめ、するりとあたしの腕が落ちていく。
そのまま先輩は踵を返して教室を出ようとした。したところで、ピタリと足を止めあたしを見る。


「あ。これだけは言っておくよ」
「……?」
「俺みたいな未練がましいヤツ、やめといたほうがいいよ。もっといい男たくさんいるから」


ピシャリと閉じられた戸。
その音と雨音が響く教室。
そして、越前先輩が呟いた科白。


「未練がましいって……ウソだぁ……」


にわかに信じ難いその科白に、あたしは考えを巡らすしかない。
もしかしたら、あたしを慰めてくれたの……かな。

気がつけば越前先輩と彼女さんが廊下を歩いていくのが分かった。
あ、雨……小雨?やんだのかな……。


「帰ろ……」


足取りは重くて、ここにきた時とは全然気持ちが違うけど。
もう少しだけ、先輩を好きでいさせて欲しい。
あたしも相当……未練がましいんだな。

外に出て、どんよりとした雲の向こう。オレンジ色の空の色。
あたしの気持ちを表したようなその色は。
まるで明日のあたしを写したようだ――……。









Orange
(あーあ……失恋、しちゃった)(はっきり断ってくれればよかったのに)(あたし、諦めきれないよ……)
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