夜空に咲く花に

越前リョーマ

気が付けば、いつも隣にいた。
特段なにかしたわけじゃないけど。
俺がこうしたいって思ったときに、なんでかアンタは普通にそれをしてくれてた。

それがキッカケなのかもしんない。






「は?花火大会?」


どこでどう俺のスケジュールが漏れたか知らないけど、堀尾から花火大会に行かないか連絡が入った。
「行こうぜー!」と中学から変わらないトーンで話されたから、瞬間電話を切ったんだけど。

秒でまた電話がかかってきた。


『越前、お前なぁー!俺がせっかく誘ってやってんのにぃ!』
「うるさいなぁ……。別に行かなくてもいいんでしょ?」
『お前が日本に帰ってきた貴重な時間を、俺がお膳立てしてやってんの!』
「はぁ?」
『いつものメンバー誘ってるからさ!二宮もくるぜ!』
「………………行く」


手元にあったメモ帳に、堀尾から聞かされた予定を書き込んだ。
八月十四日、午後五時に駅前集合。
ちなみに俺の帰国の予定は、この二宮から漏れたみたい。あんにゃろ……言うなって言ったのに。


『たまの日本生活、楽しんだほうがいいだろ!』
「……別に」


海外行ったり色々したけど、結局日本でプロの道を選んだ。やることはどこも一緒だしね。
今は一応大学に籍を入れてるけど、まぁほとんど出席した試しはない。
コーチだって海外だし。

今は試合に一つでも多く出て、実績を重ねること。
日本にも海外にもライバルはごろごろいるから。

俺は堀尾と通話が終わった携帯で、今度はメールの画面を出した。


『なんで堀尾に言ったの』


すると、こっちも秒で返信が返ってくる。


『え!堀尾のヤツ、喋ったの?!』
『普通に聞いた』
『あのバカ……。本当使えないヤツ!』
『花火大会、二宮が考えたわけ?』
『違う。リョーマが帰ってくる日程をポロッと話したらアイツが勝手に計画たててた』


あー……そうですよね。
アンタがそんなこと、考えるような脳みそ持ち合わせてないもんね。


『次、喋ったらお土産ないからね』
『え!ごめん!それだけは!』


ほんと、現金なヤツ。

でも俺はこういう裏表ないとこに惹かれたんだと思う。一緒にいても居心地がいい。それに気付いたのは俺が海外に長期で行くようになってから。

アイツがいないことが物足りなくて。
メールも電話もしたけど、どこかに空いた隙間は全然埋まることなかった。
だから帰国がわかれば一番に連絡したし、会えたときには心臓が痛くなることもあった。

特段、なにかしてくれたわけじゃないけど。
ただ居てくれるだけで……満たされるのが離れてわかったんだ。
俺がして欲しいこと、アイツは難なくやってくれる。俺の思考でも読んでんじゃないかって思うくらい。
……どっかの誰かさんみたいだけどね。


『十四日、とりあえず楽しみにしとくよ』
『うん。あたしも』


今はこんなやり取りでさえ、愛おしい。






十四日。午後五時――……。

夏の夕空はまだまだ日は高い。
少し生ぬるい風を微かに感じるけど、日本の夏は嫌いじゃない。夏には色々と思い出が多いからかな。

花火大会のせいで、集合の駅前は人混みでごった返しる。むしろ俺はこっちのほうが嫌いだ。


「うぉーい、リョーマ〜」


少し遠くから俺を呼ぶ声がした。
した……だけで姿が見えない。目を凝らして声のするほうを見ると、手だけが人混みの中で動いてんのがわかった。

アレか……。チビだから見えないんだよね。


「なにやってんの」
「あ、よかった。見つけてくれた〜!久しぶり〜!なんかまた大きくなったんじゃないのー?」
「変わってないよ。二宮の目がおかしいんじゃない?」
「褒めてんのに貶すってどゆこと?!」


ヒラヒラと見えた二宮の手を、人混みかき分けて思わず掴む。すると、浴衣姿の二宮がひょっこり姿を現した。
浴衣姿に手を掴んだことで変に意識してる俺に対して、二宮はなんちゃない顔してて。それが少し腹たって、冷ややかな目線を送ってみた。

なのに全然気にしてないよ、コイツ。


「いやー。これ、堀尾達と合流できんのかな〜?人多すぎない?」
「連絡ぐらいよこすでしょ。あ、言ったそばから……」


スボンのポケットに入れてた携帯が短く震えて、メールの通知だろうと見てみると……。案の定、堀尾からのメール。

でも、書かれた内容は…………。


「え?現地集合?えー。向こうで会えんのかなーこれ」
「まぁ、行くだけ行こ。向こう着いてから考えればいーじゃん」
「そうだけど。あーあ、はぐれそうでヤダな〜。人混みって好きじゃない」


ほら。仕向けるんだよね、コイツ。
俺から手繋ごうって言われるの待ってんの?
手を繋ぎたいって思ってるのは俺のほうって、わかってんの?


「じゃあ、ほら」
「んえ?」
「はぐれるの嫌なんでしょ?手、出して」
「…………お、おぅ、」


珍しく、二宮の顔が赤くなった。
いつも飄々としてるくせに。俺からのアクションなんて、気にしてくれたことないのに。

でも、いつでも素直に受け入れてくれる。
俺のしたいこと、を。


「あ、そうだ。コレ持ってきたの。蒸し暑いの嫌いでしょ?ミニうちわ!」
「なんか浴衣に似合わないバッグ持ってきてんなって思ったけど、そんなの入れてんの?」
「絶対、電車の中蒸し暑いじゃん。ん、リョーマの分」
「ハイハイ……」



♦♦♦♦♦



電車に揺られて着いた駅は、もうこれでもかって人の波で埋めつくされていた。
右を向いても左を向いても人ばかり。
ダメだ、これ。会場なんて行けないじゃん。


「これじゃあ合流なんて無理だよね……」
「電車の中もヤバかった……。本当、日本の満員電車っていつになっても慣れない……」
「あれじゃん?これも日本文化の一つだよ」
「やな文化……」


会場まで進めそうにない駅で、仕方なく俺と二宮はそのまま待機。
暑くて、二宮から渡されたうちわが早速役に立ってる。
他愛のない話をしてると、またもやズボンにしまい込んでた携帯が震えた。

――……堀尾からだ。


「ん?堀尾から?」
「うん」
「なんだって?どの辺にいんの、アイツ」
「…………ちょっと行こう」
「え?」
「こっち」


二宮の手を取り、人の流れに逆らって、会場とは反対の方向へ歩き出した。
なるべくぶつからないように……と、背の小さい二宮の肩を抱き寄せる。

俺にしては大胆すぎるかな、なんて思ったけど。
二宮の反応を見る限り嫌がってはないかな。


「……な、なんで……」
「危ないじゃん」
「や、だって……だからって……」
「二宮にぶつかった人が怪我したら俺、責任とかとれないし」
「あ、そうか。そうだよね……って、なにそれ!どーゆー意味よっ!」


照れくさくて、思わず茶化したけど。
今まで見たことないような反応に、俺の気持ちも思わず昂ってくる。

そういえば逃げてばっかだったかもしれない。
どんな勝負にも逃げてこなかったのに、コイツだけは違った。

思わせぶりな態度をとる時もあった。俺を必要としてないそぶりもあった。
その度に俺はコイツから逃げて、どっちつかずの態度ばっか気がする。

だけど。
もう迷いたくない。
今日、この日。このチャンスを。
俺はもう逃したくない。逃げたくない。


「ね、どこまで行くの……?もう花火始まっちゃうよ?」
「もうちょっと。あと少し」


会場とはかけ離れた、とある丘の上。
肩を寄せてた手を、今度ははぐれないようにと二宮の手を握って丘の上へと続く歩道を歩いてた。


「結構歩いたよー?……ッ、た!」
「二宮?」


二宮の体が一瞬沈み、俺の腕が後ろに引っ張られて手が離れた。
振り返ると足元を抑えて痛がる二宮の姿。
あ……もしかして、靴擦れ?(この場合、靴擦れって言うのが正しいかわかんないけど)


「うぅ……。下駄慣れてなくて……ごめん」
「や、俺も。気付かなくてごめん」
「うん……どうしよ……」


鼻緒が擦れて、足が赤くなっている。
こんなことにも気付けないくらい、今の俺の頭の中は違うことでいっぱいになっていた。


「……ちょっと我慢して」
「あ、うん。これくらいダイジョー……ぶあっ!」
「これなら上まで行けるでしょ」
「え!え!ちょ、リョーマ?!」


ひょい、と二宮を抱き上げて歩き出した。
所謂、お姫様抱っこってヤツ。
バタバタと俺の腕の中で暴れる二宮は、暗くてもその表情が見てとれる。
暴れるついでに俺のことバシバシ叩き始めた。


「ねぇ!リョーマ!下ろして!」
「いてて。暴れないでよ。落ちるよ?」
「ちょ、やだ!恥ずかしいってば!」
「人目ないし、いーじゃん。大人しく抱きかかえられてよ」
「……〜〜ッ!」


もうすぐ花火があがる。
さっきの堀尾のメール。会場反対に小高い丘の公園があるって教えられた。
そこからの花火が穴場なんだって。

なんだかんだ、付き合いが長くなってしまったアイツに借りができたのは不服だけど。
とりあえず感謝だけはしとく。

さっきまで暴れまくってた二宮は、すっかり大人しくなって小さい体を更に小さくしてる。
俯いててその表情は見えなかったけど、街灯に照らされて耳が赤くなってるのだけは気付いた。

そんな態度とってると……。
俺は期待するからね?





「はい。着いた」


小高い丘の上。小さく開けた公園みたいになってた。簡単にベンチが数基置いてあるだけで、花火大会の会場が遠くに見える。

二宮を会場が見えるベンチに座らせて、俺も隣に腰掛ける。
顔を赤らめたままの二宮は、慌てたようにバッグからピンクの水筒を取り出した。


「ほんと、ごめん。ありがと。コレ……麦茶なんだけど……」
「ん、サンキュ。あー重かった」
「グッ……!だ、だったら運ばなきゃいいじゃん!」
「ウソだよ。全然重くない」


それにアンタ、チビだしね。
そもそも好きな女抱きかかえて、重そうにできるかってーの。

口をパクパクしながら更に顔を赤くした二宮は、俺の腕をこれでもかって殴る。
チビで軽いけど叩く力は強いんだよね、コイツ……。本当、痛い。


「いてて。マジで痛いって」
「あ、あんたが変なこと言うからッ!」
「なにが?軽いってこと?本当のことじゃん」
「だっ、だから!い、今までそんなこと言ったことなかったし!」
「二宮のこと抱きかかえるようなこと、今までなかったしね。……なんか今日は随分と食い下がるんじゃん?どうしたの?」
「あっ、ばっ、なっ……!」


既に茹でダコみたいな状態で、なにを言ってんのか全然わかんないけど。
そんな反応が楽しくて。
俺が二宮にそうさせてることが嬉しくて。
今までにないくらい、俺も素直になれてる。

すると、月明かりと街灯だけだった回りが急に色鮮やかに明るくなった。
大きな短い破裂音とともに。

それは次々と続いて、俺と二宮を照らしだす。


「……ッ、わぁ……!」
「へぇ。結構こっからハッキリ見えんだね」
「うん!凄い凄い!キレー!」


さっきまでの、俺が紅潮させた頬を今度は打ち上がる花火に向けた二宮に、俺はなんだか面白くなくて。
無邪気に喜ぶ二宮に、なんとも言えない感情が込み上げきた。

だから。


「凛」
「…………えっ?」


打ち上がる花火の合間に名前を呼んで。
驚いた顔した二宮に、ぐっと近付いた。
逃げようとしても逃げられないよ。

だって逃がさないから。


「な、名前……なんで……」
「だめ?」
「や、だめじゃ、ないけど……」
「じゃあいいじゃん」
「だって……今まで名前で呼んだことないのに」
「呼びたかったよ。ずっと」
「…………どういう意味、」
「こういう意味」


近付く俺の顔に怯むから。
顔赤くしたまま。
耳まで赤いままなの、花火の光で見えてるからね?
どんなに彩られても、それだけはハッキリ見えるから。

凛の、逃げる頭を後ろから手で押さえて。
そのまま唇をそっと合わせた。

合わさる瞬間の、うつろな瞳。俺の服を掴む小さい手。花火の音が響いてるのに、なぜか凛の息遣いはハッキリと耳に聞こえてくる。

名残惜しく唇が離れる。凛は俺を上目遣いで見上げて、それがまた俺の気持ちを加速させるんだ。


「……ッ、リ、リョーマ……」
「……好き」
「…………!」
「もう迷わない。だからハッキリ言った。好きだよ」
「ま、まって……」
「待たない。逃がさない。俺は凛が好き」


溢れる想いに、とっくに限界なんて超えてて。
告白した勢いそのままに凛を強く抱きしめた。

花火の音と色鮮やかな光が、俺達を包み込んでいく。頭の奥のほうまで侵されていくみたいだ。


「……リョ、……マ、」
「……なに」
「あの、あたし……あたし」
「ん?」
「い、いつから……」
「いつからなんて覚えてないよ。気付いたら好きだったんだから。隣にアンタがいないと、俺ダメみたいなんだよね」


抱きしめてた腕を少し緩めると、凛はその中で身じろいで俺を見上げる。
目が合うと、はにかんだ笑顔を俺に向けた。
瞳が歪んで見える。
それは打ち上がる花火のせい?それとも……。


「ふは。リョーマはあたしがいないどダメなんだ。そっかそっか」
「……なんだよ」
「あたしもリョーマが隣にいないと、ダメなんだよね」
「……ほんと?」
「うん、ほんと。気にしない素振りめっちゃしてたけどね。アンタ好きになったらダメって思ってたから。すぐ遠く行っちゃうし。あたし苦労するだろーなぁって思ってたの」
「まぁ、遠く行くのは仕方ないじゃん」
「わかってるってば。そんなこと止めようなんて思ったことないよ?テニスしてるリョーマがなにより好きだし。でもさ、海外行ったら金髪美女いっぱいいるじゃん?」
「……………いないよ」
「なに、その微妙な間は。あ!いたんでしょ!金髪美女!迫られたんだ!」
「いたとしても、俺は凛しか見てないよ」


眉を少し釣り上げて話す凛の口を、もう一度噛み付くように塞いだ。
盛れる吐息。甘い声。その全部に心が揺さぶられていく。


「ねぇ、返事聞かせてよ」
「ッ、き、聞かなくてもわかるじゃん……」
「ちゃんと凛の口から聞きたい」
「塞がれたら答えらんない」
「答えたらまた塞ぐから」


微かに聞こえた凛の声。

…………――――好き。


今日、この日。
なんでも叶いそうな気がしてた。
だから逃げなかった。逃したくなかった。

それは凛も同じだったら、なんて柄にもなく思う。


「うん。俺も好き。凛が好き。ずっと……」
「あ、あたしも……ずっと一緒にいて、ね?」


打ち上がり続ける花火に、またそっと口付けを。









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