残念ながらべた惚れ

越前リョーマ

それは忘れもしない、冬の晴れた日。文化祭が終わって、冬休みも間近だった。
あたしの想い人は、どうやら失恋したらしいのだ。
漸く諦めたらしい。いいことだ。


「アンタ、笑ってない?」
「失礼だなぁ。傷心の君を癒してあげてるのはあたしだよ?」
「別に傷付いてなんかないし。分かってたことだから」


ニヤニヤしてたの、バレちゃったな。
でも、この片想いもだてに長くない。どんだけアンタのこと見てたと思ってんだ。


「まぁ……でもさ、リョーマの先輩が元気になったならいいじゃん」
「それはいいんだけど」
「何?他にも何かあんの?」
「俺も悪いとこがあるから。だからケジメだけでも付けないと」


不意に沈んだ顔をする時がある。
昔からそうだった。あたしとリョーマは、中学からの腐れ縁みたいなとこがある。
気が付くと、毎年同じクラスで。奇跡じゃない?ヤバいよね!
それなりにリョーマを見てきたから、些細な表情までいつの間にか分かるようになった。
つーか、分かったつもりだけどさ。

沈んだ顔は一瞬だけ見せるんだ。
何か心にモヤモヤを溜め込んだ時。誰にも自分を晒さないように、隠す。


「……それはリョーマ自身で付けられるもんなの?」
「何?手助けしようとか思ってんの?」
「まぁ、腐れ縁だし。リョーマが元気ないの、らしくないし」


あたしだって、ひたすら隠してるけど。

この気持ちにリョーマが気付いてしまったら、きっと遠くに行ってしまう気がしたからだ。
想い人である先輩を想ったまま、この関係に皹を入れたくなかった。
だから三年も片想いなんてものをしてる。


「二宮が大変な思いするだけだからいーよ。俺がやったことだし、自分で何とかするし」
「アレ?優しいじゃん?」
「俺はいつでも優しいよ」
「嘘ばっか。すぐパシリにするくせに」


軽くあたしの頭を叩いたかと思ったら、座ってたあたしの隣に座り込む。そして小さく溜息。
いつの間にかあたしの身長を抜かしたリョーマは、屋上の真っ青な空に溶けてしまいそうだった。

最近、試合に行かないのは先輩のことがあったからか……。
夏も終わって、部活も一息付いたのに。誰にも言わないですぐ海外とか行っちゃうくせに。

何か複雑な気分。隣にいるのに触れられない壁があるみたい。


「アンタもあんまり元気なさそうだね」
「リョーマに感化されたー」
「俺のせい?」
「うん。リョーマのせい。だから早くいつものリョーマになってね」
「あっそ。一応心配されてるんだね」
「いつも心配してますぅ」


このやり取りが気持ちいい。居心地がいい。
だけど隙間五センチが、あたしの気持ちを邪魔してる。
失恋したって言ってるけど、それは昔からの決まり文句なだけ。本当はまだまだ忘れられない。
それは今回も。吹っ切れたなんて、嘘。

いつも見てるあたしが言うんだから、絶対に当たってる。


「ねぇ、二宮」
「何さ」
「アンタ、恋愛する時は絶対俺みたいのは止めておきなよ」
「……はぁ?何で?」
「女は未練たらしい男、嫌いでしょ?」


ほらね。当たってた。やっぱりまだ吹っ切れてなんかない。
リョーマはこういうことの嘘は下手だ。


「じゃー……未練たらしい男が好きになったらどーすんのさ」


遠回しすれば、リョーマが好きだって言ってるようなもんだけど、多分気付かないだろうな。

一呼吸ついた口から、白い息が吹き出しのように溢れ出る。
え、何?雰囲気微妙。気付いちゃった?


「諦めたほうがいいんじゃない?」


……なワケないか。ごめんなさい。
自分のことは本当に鈍感だよね、コイツ。


「うっわ、励まそうよ。諦めるなー!とか頑張れー!とか」
「そんな安い台詞、余計に傷付きそう」
「安い言うな!あたしが今までアンタに励ましてきたこと馬鹿にされた気分だ!」
「あー……ゴメン。そうだね」


昼休み終了のチャイムが鳴る。
「感謝してるよ。一応ね」と言いながら自分一人でさっさと屋上を出ようとすると、リョーマの足がピタリと止まる。


「何?行かないの?」
「本当に未練たらしい男、やめておいたほうがいいよ」
「はぁ?まだ言ってんの?はいはい分かりましたよ」


とりあえず、心配してくれてるらしい。
あたしが幸せになれるように。

だけどおあいにくさま。
残念ながらアンタにべた惚れなんだわ。


「次、何だっけ?」
「英語。どうせアンタ寝るんでしょ?」
「聞く意味ないし」
「あー……。そういうの、超ウザい。ムカつく」


教室へ続く階段を下りれば、またいつもの時間に戻る。
あたしがリョーマから相談される時間は、あたしにとっては特別な時間。
惚れに惚れてるからこそ、この時間と関係は誰にも譲れないんだ……。










残念ながらべた惚れ
(リョーマなんて、先生に当てられて答えられなきゃいーんだッ!)(寝てるから答えらんないよ。その代わり怒られもしないけど)(キーッ!余計に腹立つ!)
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