「越前。呼び出し」
「……ダレ?」
「二年生。女子」
うっわ。今月に入って何人目?やっぱモテんだね、コイツ。
リョーマは軽く溜息をついて、席を立つ。
超めんどくさそう。そして超失礼。
同じテニス部でも、きっと不二先輩とか手塚先輩とか大石先輩とか……多分、他の部員の皆様は、コイツみたいに溜息なんて吐かないぞ?
きっと申し訳なさ気に「ごめんなさい」って言うぞ?
「行ってらっしゃーい。泣かせんなよ〜」
「二宮、うるさい」
言うだけ言って、そのまま先輩女子とリョーマは廊下に消えていった。
泣かせるな、あれは。本人はそんなつもりなんてなさそうだけど。
「いやはや、凛の想い人はモテますねぇ」
「それこそうるさい」
「でも断ってきそうだよね、アレ。越前君、興味なさそう」
「女は未練がましい男、嫌いだと思ってるからね。断るでしょ」
目の前の席に座る友人が、変な笑顔浮かべながら身を乗り出してきた。
恋バナ好きだなぁ、唯は。(と言うより噂好き)
「アンタ達はどーなの?え?何か進展あったりしたの?」
「やだー。その聞き方おばさん臭い」
「失敬な。将来のジャーナリストとお呼び」
「やだ。進展なんて何もないよ。不二先輩の彼女は不二先輩が好きーってことぐらいしか」
「不二先輩のことは聞いてないわ」
唯とも付き合いが長いせいか、あたしも唯も遠慮はない。
何でも話せて、すごく楽。噂好きだけど、言うなと言われたことは絶対に口を割らないヤツ。
「あの先輩、二年じゃ一番の美人だって有名な先輩だよねぇ。もしかしたら……」
「絶対にないよ。だってリョーマ、忘れられない人がいるもん」
「そうかもしんないけどさ。ホラ、忘れたいんでしょ?手っ取り早く忘れるには、新しい恋をすることじゃん」
「そんなのリョーマらしくないよ」
とは言ったものの、急に胸のざわめきを感じた。
これは悪い予感?ううん。あたしの予感は当たらないんだ。
でも、一旦ざわめいた感覚はなかなか抜けない。ドキドキする。変な汗が出てくる。
今の今まで考えなかったこと。でもこのざわつきは、始めてじゃない。
あれはあたしにとって、最初の失恋。
リョーマには、好きな人がいたって分かった時だ。
揺らめいた景色。溢れ出た涙。そして孤独感。
地に足がつかなくて、歩いてる感覚すらなかった。
あんな思い、できるなら二度としたくない。
本日最後の授業が始まるチャイム。
慌てた唯が自分の席に戻ったと同時に、リョーマがけだるそうに教室へ帰ってきた。
とても話し掛けられる雰囲気じゃない。
――……何かあった?
授業中、国語の先生は生徒が教科書を読み上げるリズムに合わせて、頭を上下に揺らす。
教室を歩き回って、リョーマの横に着くと、寝てるリョーマの頭を教科書の角で軽く小突いた。
寝ぼけ眼のリョーマは、この上ない不機嫌さ。
先生はそんなこと知るよしもない。他のクラスメイトだって誰ひとり。
不機嫌だって分かるのは、きっとあたしだけだ……――。
「リョーマ!」
HRが終わった直後、テニスバックを背負って教室を後にしようとしたリョーマを、あたしは呼び止めた。
「何?」
「何って……アンタ、掃除当番じゃん」
「違うヤツに代わってもらった」
「はぁ?」
教室をちらりと覗くと、先週当番だった男子がせっせと床を箒で掃く姿が見えた。
「つ、つーか何で?何か大事な用でも……」
「……二宮には関係ない」
「何だそれ!随分冷たい!」
目線まで冷たい。やっぱり超不機嫌だ。
おかしい。呼び出されるまで全然普通だったのに……。
すると、リョーマの向こうに小さな人影が見えた。
目を凝らすと、さっきリョーマを呼び出した二年の先輩。
さっきの、胸のざわつきが再び蘇る。急に変な汗が出始めた。
廊下は寒いはずなのに、何故か体はものすごく……熱い。
「リョーマ……もしかして」
その小さな人影にリョーマも気付いたようで、それまためんどくさそうにその先輩を気遣った。
小さく「待たせてごめん」って呟いて。
「まぁ、そういうこと。告白されたから、さっき。付き合うことにした」
「う、そ。いいの?先輩は……」
「だって、泣きながら俺のこと好きって言ってくれてんのに、悪いじゃん?」
「何それ。泣かれたら誰でもいい……」
「そうでもしなきゃ、いつまでも前に進めないからね」
あたしの言葉を遮るように、最後に本音を呟いた。だけど、気が付けばいつものリョーマだった。
辛いことも全部隠した、いつものリョーマ。
こうやって、いっつも最後に馬鹿な目を見るのはあたしなんだ。
だけど。だけど。だけど……。
この恋は、すっかりアンタの色で染められてしまっている。
あたしは一体……どうすればいいんだろう。
この恋、きみ色
(ね、嘘でしょ?)(だってあんなに……先輩のこと想ってたくせに)(お願いだから、嘘って言って……)
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