紬の頭をなで始めてから何分経ったんだろ。
もう時間の感覚がなくて、気が付くとだいぶ日が傾いてきてた。
夕焼けの頃のなんとなく涼しい夏の風が、俺と紬の周りを駆け抜けていく。
すっかり汗もひいて、本当ならもう帰んなきゃならないんだろうけど……。

だって……触ってもいいって言ってくれたし!そんでもって紬の髪の毛……柔らかいんだもん!さらに何かいい匂いするしっ!

くっ……理性って何だっけ?


「はっ……ヤバ。寝てた。ごめん」
「えっ!全然!大丈夫大丈夫!むしろもっと……」
「マジごめん。昨日も一昨日も碌に寝てなくて……。めっっちゃくちゃ寝不足だったの」
「グッ……聞いてない」
「え?何か言った?」
「いんや〜何でもなーい!」


さっきまで肩に頭を預けてた紬が離れて、ふと軽くなった身体が寂しさを覚える。

……帰したくないな。離れたくない。

そんなことが脳裏をよぎって、思わず頭を振った。

いや、イカン。こんな、そんな。ダメだって。
ハッキリ紬から聞いワケじゃないんだから、かれし……カレシ……彼氏として、一緒にいたいなんて言えないよ……!


「……え?もうこんな時間?やだ、本当にごめん。英二、お家の人心配しちゃうよね?」
「いや、それは大丈夫。ウチ、兄姉多くてどっちかってーと放任主義なんだ。親も仕事忙しいし」
「あ、そーなんだ。ふふ、そうっぽい。私も親仕事人間だから、殆ど帰って来ないよ。私が高校入ったら一層」


何かお互い世間話して、何か帰らないよーにしてる……。
紬もそうだったりする?俺の自惚れかな?


「あはは!英二末っ子なんだね!確かに!不二との絡みみてると、確かにそーだわ!」
「えー笑い事じゃないよー。なんかウチの兄姉、いつまでたっても俺のこと子ども扱いするしさー」
「えーいいじゃん。私も兄いるけどさ、喧嘩ばっかしてたよ。もう社会人だから会うことも殆どないけど」
「…………ねえ、紬。帰んなくて大丈夫?薄暗くなって来たから、送るよ?」
「……ッ、あ、ご、ごめん。あの……恥ずかしい、けど。……離れたくなくて。英二と」


俯いた紬の耳元が、サラサラ落ちる髪の毛の間から真っ赤になってるのが分かった。

くっ……理性って何だっけ?!(本日二度目)

しかも今日、金曜日だよね。明日土日で月曜日からテストだったよね。
あーあーあーなんだもう!二人でいる理由ばっか頭を巡ってる!いようと思えばいれちゃうよ!


「……俺、だって。離れたくない。一緒にいたい」
「英二……」
「でっ!でも!……一緒にいてもいい、の?」
「え?」
「いや!なんか今更なんだけど……紬の気持ち、ちゃんと聞いてなかったから……って、ごめん!言ってること意味不明で!」


ヤバー!俺の身体中の熱が顔に集中してるッ!熱い熱い熱い!せっかく汗ひいたのに、今度は変なとこ汗かいてるッ!


「……英二。私、英二のこと……好き、だよ」
「…………ッ!」
「本当、だよ。もう、自分の気持ちに嘘つかないから。英二が好き……」
「紬……!」


思わず抱きしめた。田山クンが頭の片隅にいたけど、紬が背中に手を回してくれて一瞬にして吹き飛んでった。
抱きしめてると、紬の体温が自分と混じって心地いい。ついでに心臓の音も一緒のリズムで波打ってるみたいで。

ホント、離したくない。

少し離れて、紬の頬に手を添える。添えた手に頭を傾けて、涙目で微笑む紬。

ダメだ。我慢できん。無理だわ、これ。

一気に理性が飛んでいって、紬の顔に近付き唇を合わせようとしたその時だった。

大音量で携帯の着信音が鳴った。


「……不二だ……。多分。マナーにすんの忘れてたわ……」
「……英二、不二からの着信音ってダースベイダーのテーマなの……?」
「あと手塚ね。アイツらダースベイダーで十分なんだよッ!ってはい?!もしもし?!」


半泣きで電話に出ると、紬がケタケタ笑ってる。その光景を見て少しホッとした。いつもの笑顔の紬だ。


『うわー滅茶苦茶不機嫌な声色だね。何かしてたの?』
「してねーよ!してないっ!できなかった!」
『…………あぁ、ごめん。邪魔しちゃって。そんないきなり襲うなんて思ってなかったから』
「襲ってねーよ!そんなことできるかっ!なんだよっ!もう!からかうために電話してきたの?!」
『あぁ、そうそう。あのさ、今から家おいでよ』
「……へ?」


要約すると、姉ちゃんに言われたから不二の家でテスト勉強しろってことだった。
なんだよ、姉ちゃん。どこで不二と会ったんだよ。
しかもタイミング悪すぎ。どっかから見てんじゃないの?!不二のヤツ!(本人はもう家に着く頃かなって電話したそうだけど!絶対ウソだっ!)


「ふふ。私も今夜は雫の家に泊まるよ」
「え?」
「私もテストヤバいし。英二、赤点取ると大変なんじゃない?部活」
「あうっ……!確かに……。手塚と部長に何されるか、たまったもんじゃないや……」
「……寂しいけど、ね。我慢、我慢」


すっかりキスするタイミングも逃して、もう帰るしかない雰囲気。紬も、カバン持ってベンチから立ち上がるし。
はぁ〜……不二め。覚えてろ。

紬に雫ちゃんの家まで送ると言って、足早に公園を出る。
もう辺りは真っ暗で、街灯が夜を彩ってる。夏独特の虫の音が、俺達を包んでるようだ。


「ね、英二」
「ん?」
「あのさ、私……英二の事傷付けておいて、好きでいられるなんて思ってなかった」
「紬……。それは俺も一緒だよ。まぁ、俺はフラれたって思ってたけどさ」
「や、本当にごめん」
「もういいって!今はそんなに気にしてないし。きっと将来笑い話になってるって」


離れてた紬の右手を、ギュッと握った。
誓いみたいな感じになったけど、俺には自信がある。このまま大人になってくんじゃないかって。


「……それって」
「なに?」
「……や、何でもない。私が変な事考えただけだから」
「えーなになに?気になる!」
「やーだ!教えないっ!」


笑ってる紬を見ると、つくづく思う。紬には、涙よりも笑顔がよく似合うって。
苦しくて辛い時もあったけど、きっとコレは今と未来に続くための道だったんだなって。

だって俺、想像できんもん。このまま紬と二人で歩いていく未来。
まだ早いって?そんなことないない。


「ねー教えてってばー!」
「やだってば!……もう!恥ずかしいっつーの!」


握ってた手を引っ張られて、バランス崩した俺に近付く紬の顔。
そのまま、唇に柔らかい感触。こ、これは……!


「…………ッ!」
「……さっきタイミング悪かったから、ね」
「〜〜……もう!我慢できなくなるだろっ!」
「あはは!だーめ。もう雫の家着くもん」


もう、絶対離さない。離れない。
こんなにも大切な人に出会ったんだから。
だから――……このまま一緒に大人になっていこ?

きっと、ずっと。一生、そばにいるから。










このまま大人になってく


✽✽Fin✽✽

このまま大人になってく

- 18 -
*prev | *next
*sitetop*or*storytop*