私が悪かったの。
あの時、ちゃんと言葉に出せなかった。
出そうと思えば思うほど、喉から言葉がこぼれ落ちて。上手く音にならなくて。

こんな想いするなら、好きにならなきゃ良かった……。


「紬、英二君来るよ」


公園の木陰のベンチで項垂れてると、雫が徐に呟いた。

――――……英二が、来る……?

あの時の悲痛な表情。思い出しただけで胸が苦しくなる。今まであんな顔したことない英二に、そんな顔させた私に……英二が会いに来るの?


「……待って、無理。会えない。だって私が悪いのに。英二の事、凄く傷付けて」
「誤解だったんでしょ?大丈夫だよ、ちゃんと英二君分かってるから」
「ダメ、無理!私……ダメだよ……。泣きたくもないのにどんどん涙出てくる。こんな顔、英二が見たら何て言うか……」


そう。あの日あの時。クラスメイトの田山の行為は完全に誤解。ぶん殴って罵声浴びせてやったけど、英二を追いかける余力は無かった。
英二を思えば思う程、あの時の顔が目に焼き付いて。ギュッと胸が痛くなる。

笑顔が誰よりも似合う英二に、私がさせた辛い顔。

そんな英二に合わせる顔なんて、ない。


「紬さん。英二も同じような顔、してたよ」
「不二……」
「見てられない位ね。僕、どっちかというと英二には厳しめなんだけど、厳しくなんてとても出来なかったよ」
「ね。英二君も誤解だって分かったからこそ、ここに向かってるんでしょ?きちんと向き合おうよ。ちゃんと伝えよ?紬の気持ち」
「……伝える立場にある、かな。あんなヤツに抱きつかれて拒否る事も出来なくて……」


英二がここに向かってるっていう事実が目の前にあるのに。
どうしても否定的な言葉ばかり口から出る。

逃げたいのに、逃げられない。目を逸らしたいのに逸らせない。

ただ、公園にこだまする蝉の鳴き声だけが……どこか遠くの場所に連れて行ってくれるような錯覚に陥る。
顔を上げることも出来ない私の背中を、雫が撫でてくれてることが唯一、現実に引き戻されてるような感覚。


「あ、もう着きそうだよ。連絡きた。足速いなぁ。部活でもこれくらい速く走ってくれればいいのに」
「周助、もう……」
「あ……の。や、やっぱり……無理……」


もうそこまで英二が来てるって思うと、目がグルグルと回り始めた。
もう完全に脳内のキャパシティーは超えてて、もう何をどういう風に考えていいかも分からない。

フラフラし過ぎて、まるで酸素が足りてないような……水中にいるような感じ。
滴る汗は、暑いから?いや、コレは冷や汗か。


「ふじぃ〜〜ッ!」


ドキッ――……!

英二の声が聞こえた瞬間、心臓が今までにないくらい動き始めた。
い、痛い……。痛すぎて息が上手くできない。
自分の顔に熱が集中する。さっきの冷や汗どこいった?蒸発して湯気でも出てない?!

………………ッ、ダメダメダメダメ!ダメだ!顔なんて見れない!


「……駅前のマックからここまで五分もかかったよ?身体訛ってるんじゃない?」
「はぁ……ちょ、五分なんていい方じゃん……ッ!なんだよ〜……もう、苦し……」
「英二君、周助さっきは速いなぁって言ってたからね。大丈夫だよ。十分速いから」
「さて……お膳立てはここまで」


ベンチ横で立って英二を待ってた不二がそう言うと、私の肩にポンと手を置いた。自分の体が意志とは関係なく震えてしまう。
すると、俯いてる私の耳元でボソッと呟く。ついでに雫も同じ位置に顔があって、そっちにもいちいち驚いてしまった。


「紬さん、大丈夫だよ。英二、きみの事大好きすぎるから」
「……え?」
「そうだよ、紬。紬に告白してから、毎日のように周助の家行って話してたんだから」
「邪魔で仕方な……」
「……ちょっと!不二!俺の悪口言ってるでしょ!分かんだかんね、そーゆーの!」


英二が「もう大丈夫だから!帰れよー!」と二人を追い出す。
二人の姿がなくなって、真夏の公園にはセミの鳴き声だけが響き渡る。こう暑いとあまり人もいないみたい。

英二は何も言わず立ち尽くしてる。伏せた顔から、チラッと覗くとバッチリ目線が合ってしまった。
……ずっと見てんな!ヤメロ……!


「……隣」
「はい?!な、なんでしょう!紬様!」
「……様って何よ。隣、座ったら?」
「あ、あぁ。うん。アリガト!」


ゆっくり、優しく。私の左側に腰掛ける英二。

……相当速く走ってきたみたいで、汗が滴ってる。拭くもん何も持ってないのか、コイツ。
しかもソワソワしてて……。何よ、二日前とは全然違うじゃない。

はぁ……仕方ない。
私は自分のカバンから、予備で持ってたタオルを英二に差し出した。


「はい」
「えっ?!」
「こんな真夏にどんだけ速く走ってきたのよ。もう……」
「いや、だって。紬泣いてるって不二から連絡きて……。早く行かなきゃって思ったから……」
「……泣いてない!泣いてはいないから!ホラ!早く汗拭いてッ!」


英二がなかなかタオル受け取らないから、無理矢理顔に押し付けた。
すると「むぎっ」と何とも情けない声を出して、素直にタオルで汗を拭い始める。


「あの、さ。……ごめん。二日前、俺がちゃんと話聞かないせいで……紬泣かせちゃって」
「……あ、アレは。アレは私も悪いから。英二の顔に言葉がアレで……」


ヤバい。緊張してきた。言葉が言葉にならない。既に何言ってるか自分でも分かんない。


「アレ、って?」
「えっ!あ、その……え、英二の、凄く辛そうな顔を見て……何も言葉が出てこなかっ、た……」
「あぁ、なるほろ。うん、まぁ……めっちゃショックだったかんね。好きな子が他の男に抱きしめられてんだもん。そりゃあ……ね」
「……ごめん、なさい。私がもっとハッキリ言えてれば……。だって滅茶苦茶気持ち悪くって、気が動転してて……」
「あはは!田山クン気持ち悪かったんだっけ。だからぶん殴ったんだ」
「……ッ!そ、それをどこで……!」
「田山クン本人だよ?」
「……アイツ……!いらんことを……!」


英二が笑う。つられて、私も笑い声が出た。
二日前には考えられない表情で。
ぶん殴った時の田山の顔を説明すると、更に英二はツボに入ってヒーヒー言い出した。
何だかもう色々とおかしくって、二人でお腹抱えて笑ってしまう。


「ね、紬。触ってもいい?」


一頻り笑いあって、はぁー……と長い息を漏らすと、英二が不意に聞いてきた。


「…………いいよ」
「大丈夫?俺が触ったら気持ち悪くなんない?」
「ふふ……。ヘーキ。英二は気持ち悪くないから」
「ホント?」


ポン、と優しく頭に右手を置いたと思ったら。そこから髪の毛を梳くように優しく撫でる。
優しくて、気持ち良くて。思わず英二の肩に頭を預けた。

もう、言葉なんて期待してない。もう、言葉なんていらない。
英二の私を撫でる感触だけで、英二の気持ちが私の心に流れてくるようで。今まであんなに荒んでた心が、すぅーっと晴れていくのが分かる。

あぁ……やっぱり私、英二のこと好き……なんだ。


「……紬。俺……勘違いしてないよね?」
「……ん?」
「あとで殴られたり罵声浴びせられたりしない?」
「ふふふ。どうかなー?」
「……えぇ?!」










言葉なんて期待してない
(ふふ、嘘だよ嘘。こんなに気持ち良くて嬉しいのに……殴る訳ないじゃん)(それって……つまり……!)

言葉なんて期待してない

- 17 -
*prev | *next
*sitetop*or*storytop*