突然のキスで

「あれ?!」
「なんですか」
「どうしたの?日吉君が眼鏡なんて」
「ダメですか」
「ううん。物珍しいだけだよ」


部室に忘れ物を取りに入ったら、ジャージに着替えた愛しの可愛い後輩が、眼鏡姿でテニスバックを肩にかけてレギュラー専用の部室から出てきたところにかち合った。
あ、そういえば。今日遅れるって鳳君から聞いたっけ。


「先輩こそなんで部室に?」
「あ、あたしは忘れ物取りにきたの。そこのファイル忘れちゃって……。部長に睨まれちゃった」
「そうですか」
「……普段コンタクトだったんだね」
「そうですね」
「コンタクト忘れたの?」
「……落としたんです」
「ん?」
「だから。落としたんです」


慣れない眼鏡姿に思わず心臓が高鳴ったけど、眼鏡になった理由を聞いて思わず吹き出しそうになった。あの日吉君がコンタクト落として探してるとこ想像したら、なんだか可笑しくて。
でも、日吉君のためになんとか堪える。
ふふふ、きっと眉間にしわ寄せて探したんだろうな。あーだめだめ。想像しちゃだめ。耐えろ耐えろ!

笑いを堪えながら、忘れ物のファイルが鎮座してる棚に近付いて目的のファイルを探す。何冊かあるから、間違えると跡部君にえらい睨まれるんだよね。


「そ、そっか。そんなこともあるんだね」
「部活行く前に鳳にぶつかったら落ちたんです。しかもアイツ、踏みやがって……」
「ふふっ!」
「なにが面白いんですか」
「あ、ごめんね。笑うつもりは全くなかったんだけど……それは災難だったね。ふふ、ごめんね?」
「……謝ってないですよね?」


日吉君は部室の棚に寄っかかって、鋭い目線であたしを睨んだけど……。眼鏡のせいか、全然怖く感じない。まぁ、怖いと感じたことはないんだけど。
むしろ可愛い?頭をくしゃくしゃってしてあげたいくらいかな。
でも、なんかそれも可笑しくて。だめだ。あたしのツボに入っちゃった。笑っちゃダメって思うと、余計に笑いが込み上げてくるよね?それってあたしだけかなぁ。


「ふっ、ふふ……。ごめんなさい。ふふふ、ごめ……」
「岡田先輩。いい加減にしてください」
「ごめんね。怒らせちゃった?だって……なんか日吉君が眼鏡かけてると……ふふ、あんまり怖くないから」
「じゃあ、怖くないならこうしますよ」


ガタン、と棚がなにかとぶつかる音がした。手にしたファイルからその音のほうに視線を向けると、あたしの目の前にはいつの間にか日吉君が棚に手をつけ、立ち尽くしてる。
ビックリして体が震えた。そして動けない。あたしの体は、まるごと日吉君に覆われたから。しかも手にファイルを持っているから、押しのけることもできない。


「ひ、日吉君……?」
「先輩。口開けて下さい」
「く、口?」
「はやく」
「え、え、は、はい……」


驚くほど素直に日吉君の言うことを聞いてしまった。考える暇さえ与えてくれなかったから。

徐に口を開けて、なにを言われるのかと思ったとこだった。次の瞬間、なぜかあたしの唇はなにか柔らかいものに塞がれた。思わず目をつぶってしまう。そして口の中にぬるっとしたものが入り込んできた。

手にしたファイルが音を立てて落ちていく。
理解が追いつかなくて、息が苦しくて。口の中では、あたしの舌となにかが絡み合う。
つぶった目を薄らと開けると、視界に日吉君の眼鏡が飛び込んできた。瞬間、意識を飲み込む。

これって……あたしもしかして……キス、されてる?


「ん、……ンンっ!や、やめ……!」


かぁっと顔と体が熱くなる。どうしていいかわからず、思わず日吉君を両手で押しやると、すんなりとその体は離れた。
息が荒い。頭がボーッとする。顔も触れた唇も熱を帯びてる。心臓が掴まれたように痛い。

なんで?なんで?日吉君があたしにキス、なんて。

こんなことするような素振り、今まで見せてくれたことなかった。あたしがどんなに日吉君に近付いても、その態度は一貫して普通で。まるであたしには興味がないようだったのに。


「……ヘッ!やめてって言うわりには、物欲しそうな目で見てますね」
「な、なん……」
「こういうこと、本当は岡田先輩としたかったんですよ。ずっと」
「だって……だって!」
「アンタはこういうこと……俺とはしたくない?」


その顔が近付く。あたしは動けないまま。向けられた好意は、あたしの思考回路が麻痺させるには十分で。
だからあたしはまた、その口を開いてしまう。あの感触が忘れられなくて。その唇を重ねれば、日吉君の気持ちがわかるんじゃないかって。


「……やっぱり眼鏡は邪魔だ……」


重なる唇は、誰のもの?

あたしにしか……しないで。










突然のキスで
(先輩、もっと口開いてください)(え、あ、だって)(もう、わかるだろ)(なにが……)(先輩のことが――……)
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さいととっぷしょうせつとっぷ