いつも業務連絡にしか使用しないメッセージアプリを起動し、密かに想いを寄せる先輩の誕生日を祝うべきか否かを思案するこの時間はかれこれ一時間になろうとしている。
自分からメッセージなど送ったことのない俺はなんて打てばいいのかわからない。そもそも送るのが正解なのかどうかも微妙な所だ。もし、送るとするならば『お誕生日おめでとうございます』だけだと簡素すぎるか。送ったとして、何故俺が誕生日を知っているのかと不審に思われないだろうか。
こんな事で右往左往するのは正直柄じゃないが祝いたい気持ちと先輩からどう思われるかという取るに足らない矜恃を天秤にかけて頭を抱える自分がいた。
脳内会議が終焉を迎えることなく、いつの間にか時計の秒針が十二に重なり、アイツの誕生日が来てしまった。
やめだやめだ。こんな事で時間を浪費するなんて俺らしくもない。明日部活の時にでもどうせ話題に出るだろう。その時に伝えればいい話だ。ついでに、間違って買ったからと適当に理由をつけてプレゼントを渡そう。鈍いアイツのことだから変な詮索はしてこないだろうし、周囲に他の奴が居なければうまくやれる自信はある。
そう結論付けると、今まで悩んでいた時間が途端にしょうもなく思えてきて俺はスマホの電源を切ってから布団へと潜り込んだ。
***
……まずい。目覚ましを止めた記憶すらない。
いつもなら目覚ましよりも早く起床する俺が今日は寝坊してしまった。これだと早朝練習には間に合わない。今から急いで出ても、他のメンバーが朝練を終える頃に着くだろう。
遅れていくくらいならいっそのこと朝練をやめて普通の時間に登校しようと腹を括った。
上手く行かない時はとことん上手くいかないらしい。ほとほと呆れながらスマホの電源を入れると、氷帝テニス部のグループから多くの通知が来ていた。
『岡田さんお誕生日おめでとうございます!』
一番最初に出てきたポップアップの主は鳳だった。それに続くように他のメンバーが誕生日を祝う言葉を次々と並べている。レギュラーの中では俺を除く全員のメッセージに、彼女は一つ一つ丁寧な返答を返していた。
俺がスマホを切って寝た後、こんなことが起きていたのか。最後のメッセージは午前一時。今からこのグループにメッセージを送る勇気なんて俺にはなかった。
溜息を吐いて、身支度を済ませた俺は思たい足取りのまま学校へと向かった。
久しぶりに他の生徒と登校時刻が重なれば、歩道は人の波でごった返している。居心地の悪い喧騒の中、俺の眉間にシワが寄るのは必然だろう。やはり、少しでも早く家を出ればよかった。
そう、後悔した矢先に左肩が軽く叩かれる。
不機嫌さに拍車をかける程度には、配慮に欠けるその行為。
思い切り睨みつけて文句の一つでも言ってやろうと振り返れば、そいつは俺の機嫌の悪さを加速させ__ることはなかった。
「ひ、日吉くん!おはよう……!」
「あ、あぁ……おはようございます」
しまった。彼女は驚いたように身を硬くした後、誤魔化すように無理やり笑顔を作って見せた。
自分の未熟さを棚に上げて彼女に八つ当たりのような事をしてしまった俺は自分のガキさを思い知るが、気落ちする暇なんてない。さあ、今言えばいい。「今日誕生日なんですか?お誕生日おめでとうございます」と。グループの会話を理由にしてしまえば何もバレない。
「昨日ついつい夜更かしして寝坊しちゃったよー。日吉くんは?」
「俺も似たような所です」
「ふふ、それで!寝不足だからこわーい顔してたんだね?」
「……元からこんな顔なんですよ」
彼女は空気を切り替えるスキルが高く、俺の端的な返答に的確な補足を入れて会話を膨らませてくれる。うまくタイミングが掴めない俺は結局想定通りにいくはずもなく、おめでとうの一言を喉元に抱えたまま吐き出せずにいた。
今の会話が途切れたら伝えよう。そう思っているとタイミングよく少しの沈黙が生まれた。
そうだ。寝耳に小判なこの状況、利用する他ない。たまには凡夫が縋る神とやらもいい仕事をするじゃないか。俺はオカルトに興味があれど、神仏を信仰しない主義だ。それでも、この状況を神に感謝しようと口角を上げた。
「岡田先輩、今日は……」
言葉を発した瞬間、学校のチャイムが鳴り響く。やはり神なんていないらしい。俺は先輩にバレないように舌打ちをするとそのまま口を噤んだ。
「日吉くん、何か言った?」
「いえ、先輩の鈍足では遅刻してしまいそうなので、少し先を急ぎましょうか」
「もー、失礼な!!」
言わなくていい事ならこんなに容易く口から溢れ出るというのに。拗ねたように頬を膨らませた彼女は「またね」と手を翻して俺の手の届かない距離に走っていってしまった。
小さくなる背中に俺はため息を吐くことしかできない。
いや、下克上等。部活中にいくらでも好機はあるはずだ、そう自分を鼓舞して足速に教室へと歩みを進めた。
***
その日は案の定というか、予想通りというか全てにおいて上手くいかない一日だった。
提出期限が今日の課題は家に置いてきてしまったし、授業中も集中できず、いつもならできる問題も解けなかった。こんなんじゃ跡部部長を下克上する日なんていつになるかわからない。
気が滅入った状態のまま俺は重たい足を引きずるようにして部活へ向かった。道中出会ったレギュラーメンバーからは朝練に参加しなかった理由を問いただされ、無言でいても何故か揶揄われてしまい、ただでさえ悪かった機嫌が限界を突破してしまった。
感情を落ち着けようと素振りをしていた時、突如肩を軽く叩かれる。なんだか、朝にも似たようなことをされた気がするが、一体誰だ、と不機嫌さを隠す事なく振り返ると、肩を叩いた主の指が俺の頬に当たった。
「お、ひっかかったー!日吉くん、ほっぺた柔らかいんだねー」
「……何してるんですか」
「うーん、悪戯?」
「はぁ、馬鹿馬鹿しいですね」
なんて悪態を吐くくせに、ケラケラといつものように笑う彼女が視界に入るだけで今まで感じていた負の感情はいくらかマシになる。自分の単純さに嫌気が差しながらも素振りを再開しようとラケットを構えた時に、ふと、今日の目的を思い出す。今しかないんじゃないか。
「あの、」
「ねぇ、」
「……先輩からどうぞ」
「ふふ、日吉くんからでいいよ?」
「いえ、大した用事ではないので」
ほぼ同じタイミングで発した音が被さってしまい、一瞬気まずい空気が二人の間を流れたがその空気すらも彼女は安易と壊してしまう。
「じゃあ、一言アドバイス。いつもよりラケット少し下がってるから、フォームをもっと意識した方がいいと思うよ」
「……今からそうするつもりでした」
「あはは、可愛くないなぁ、ほんと」
「それより、今しがた先輩は“いつも”と仰いましたが、そもそも何故俺がここで“いつも素振りをしている”のをご存知なんですかね?誰にも言ってないはずですが?」
違う、そんなことを言いたい訳じゃない。ただ一言「誕生日おめでとうございます」が言いたいだけなのに。重箱の隅を突くようなことを言って何になる。自分の腐った性根を叩き直したいと今ほど思ったことはない。だが、気になったのも事実だった。
「あー……かっこよくアドバイスして去るつもりが墓穴掘っちゃった」
「先輩がかっこよくなんて夢のまた夢ですね」
「うるさい!……ずっとね、日吉くんがここで頑張ってるの知ってたんだ。応援したくてこっそり見てた。それだけ!はい、じゃあ次は日吉くんの番!!」
頬を薄らと紅色に染めてハニカム彼女はとても可愛らしく、一つ上という事実を忘れてしまいそうになる。俺は観念して、言いたかった素直な言葉を彼女に伝えると決めた。
「言うのが遅くなりましたが、岡田先輩、お誕生日おめでとうございます」
「ふふ、いつ言ってくれるのかなーって待ってたんだよ?ありがとう」
「……プレゼント、後で渡すので部活終わりに少しお時間を頂いてもよろしいですか」
「え!?プレゼント!?何それ聞いてないよ!?」
「言ってませんからね」
驚いて目をまんまるにする彼女に俺は自然と唇の端を持ち上げてしまう。終わりよければ、全てよし。フォームに集中して素振りをすれば、いつもの調子が戻った気がした。
これが俺にとっての大団円で、文句はないよな?
も〜〜〜〜〜!本当にこの日吉大好き!yoppi様よりキリ番リクエストの日吉です。ヒロインちゃんの誕生日お祝いって、夢小説の中だとそこそこタブーじゃないですか?わたしは!ヒロインちゃんを!祝う!キャラが!読みたい!の!という事でリクエストさせて頂いたのですが。日吉が本当に本当に本当に可愛くてたまんないっ!そして何より言葉遊びが本当に凄くって……。しこたまyoppi様のサイトで感想を述べまくってきましたが、これが神が生み出す本当の小説……!と物凄く感銘を受けました。わたしバカだから書けないの!(いい加減にしろ?)頭いい日吉がそこに居る〜〜〜!
yoppi様、本当にありがとうございました!遅くなって申し訳ありません!