毎年俺の誕生日に、花を贈る奴がいる。腐れ縁に近い。同じ委員会も三回目だ。
今年もまた、あの花を贈られるのだろうか。
日も傾いた放課後の教室。
俺の目の前には、何故か大量の紙袋が机の上に鎮座していた。
「今年も盛況だな」
「真田、それは嫌味かい?」
「……ばっ!そんな訳あるか!」
「ハハ。冗談だよ」
真田をこうやって揶揄うのも慣れたものだ。毎年同じ反応を見せてくれるのだから。
去年は「一個欲しいのか?」って聞いた気がする。同じ答えが返ってきたけれど。
しかし今年の誕生日は、いつにも増して量が多い気がする。バレンタインじゃあるまいし、何故こうも毎年飽きもせず贈ってくるのだろう。
見返りがある訳ではないのに。
「何袋か持とう」
「あぁ。そのつもりで真田呼んだんだし、持ってもらわないと困るな」
「幸村。お前、俺のことを下僕か奴隷と勘違いしていないか?」
「……違うのかい?」
「幸村……!」
いい加減、俺の冗談も理解してくれ。一々本気に取りすぎるんだよ。まぁ、俺も真田の性格を分かって言ってる節はある。何だかんだ言っても、こうやって下僕のように動いてくれるのだから、真田と幼馴染やっていて良かったとすら思うよ。
俺が二袋、真田が残りの紙袋を持ったところで教室の扉が開いた。ひんやりとした廊下の空気が足元を撫ぜる。入ってきた人物は、俺の腐れ縁と言っても過言ではない奴。
同じ委員会を、三年も一緒だった岡田だ。
「ねぇ、真田君。幸村借りていい?」
「岡田か。なんの用だ。これから俺達は……」
「いいよ、真田。悪いんだけど先に行っててくれるかい?」
「…………分かった」
小さく溜息をついた真田は、紙袋を盛大に鳴らしながら教室を後にした。
にしても、紙袋を抱えるその後ろ姿はなかなか滑稽だ。きっとこの後、俺達が向かう先にいるだろうテニス部のメンバーから失笑を買うだろうな。
そして、いの一番にその紙袋へ向かうのは赤也だろう。袋の中を漁って、真田に鉄拳を食らうのは火を見るより明らかだ。
そんな物思いに耽っていると、扉を閉めた岡田が毎年の如く後ろ手に何かを隠して俺の方へ歩みを進めた。
いつにも増してその歩みはゆっくりで。
この空間を、時間を、まるで堪能してるかのような顔ばせに俺は少し胸が痛くなった。
「で、なんだい?」
「分かってるんでしょ?」
「まぁ、今日は俺の誕生日だからね。岡田から毎年贈られるものがあるから」
「そうね。今年も同じもの、贈るから」
後ろ手に隠された物が顔を出す。
それは一輪の花。毎年同じ、白く咲き誇るリナリアの花だ。
「誕生日おめでとう、幸村。これはあたしから最後の贈り物」
「……それはどういう意味だい?」
「意味も何も……言ったままの意味だよ」
「最後って……」
思ってもみない岡田からの台詞に、らしくもなく心臓が焦りの鼓動を早める。
思いば三年前、最初のリナリアの花を贈られた時から。岡田は俺にこの花を手渡す際には「あたしの気持ちね」と一言添えられていた。
それが今年。
最後の贈り物、ときた。
「岡田、もしかして転校するとか?」
「そんなハズないじゃん。高校そのまま上がるって言ったでしょ?」
「じゃあ、何故……」
「幸村が分からないならいいの。それまでだから。あたしはあたしなりにケジメを付けたかっただけ。だから受け取って?」
目の前に差し出されたリナリア。
これを受け取ってしまったら、終わり。同じ高校に進むのに、これからも顔を合わせることだって普通にある筈なのに。
取って付けたような、最後の贈り物。
俺が分からなければ、それまで。
こんな季節なのにじんわりと身体が熱くなって、嫌な汗が伝うのを服の下から感じる。
だけど。
受け取らなければ。
進むものも進まないから。
「分かった。岡田とは腐れ縁みたいなところがあって、気心知れた仲だと思っていたから。…………今までありがとう」
「……ッ、う、ん」
「これが最後のリナリア、か」
水色のリボンで括られたリナリアを、そっと岡田の手から受け取った。
触れた岡田の指先。酷く冷たく、今の岡田の感情を表してるようで。緊張が俺にも伝わる。
きっとこれは。
本当は最後にしたくないという意思表示。
「……じ、じゃあ、ね」
顔を見られなくないのだろう。
俯いて踵を返した岡田は、駆け足で俺の元を去ろうとする。震える声を抑えてる姿が、俺の手元で健気に咲くリナリアみたいで。
教室の扉に手をかけ力任せに開けようとする岡田を追って、その背中から俺も扉に手をかけた。
開きかけた扉は、再び閉じられる。
涙を堪えた岡田と、少し焦る俺を残して。
「ゆっ、幸村?!は、離して……」
「何故?」
「かっ、帰るから!おねが……」
「帰さないって言ったら?」
「……ぅ、ッ、」
その背中から伝わる岡田の熱。触れていない筈なのに、何故か手に取るように分かる。
「これで終わり、なんて。俺が許すとでも思う?」
「……ぇ?」
「岡田が伝えたかったこと。このリナリアの花言葉、だろ?」
「ゆっ、き……」
そう、リナリアの花言葉。
俺の誕生花でもあるこのリナリアは。
「この恋に気づいて」
その後ろ姿。耳まで赤く染まっているのが見えた。小さく震える岡田に、俺はその距離を詰める。今度は触れた背中。あんなに冷たいと思った手を握り、じんわりと伝わる熱をもっと味わいたくて、岡田の耳元へ唇を運んでは囁いた。
「俺のこと……どう、思ってるんだい?」
「ッ!や、ゆき……む、」
「……フェアじゃないか。岡田の気持ちに気づきながら、その言葉が出るの待ってるなんて。まずは俺から話そうか?」
「み、耳元でしゃべ……んな……ッ!」
小さく反応を見せる岡田に、抵抗なんてさせやしない。嫌だと言っても俺は続ける。
でも、その顔は見たいかな。
真っ赤に染まる顔ばせに、気持ちが高揚してるなんて……恋、そのものだ。
握っていた岡田の手を離し腰へと添える。少しだけ力をいれて、岡田の体を回転させ俺の方へ向かせれば。
涙が溢れ、雫が伝う真っ赤な頬。
想像通りのその表情に思わず笑みが零れた。
「……用意はいいかい?」
「まっ、て……」
「待てないな」
「ゆっ、あ、あたし……」
「これが最後なんて言わないでくれ。俺は岡田が好きだよ」
「ゆき……む、ら……」
「岡田は?言えない?」
「……す、好き……。ずっと好き。最後になんてしたくな、い……ッ」
本当の理由を引き出せれば。
合わさる唇と、混ざる吐息。
触れた熱は、いつの間にか溶け合うようで。
きっとこれは始まりだから。俺と岡田の、この先の恋の。
「待たせてごめん」
「もう、いい……よ。だって気づいてくれたから。だからこれからは……」
「ん?」
「ずっと、そばにいて」
リナリアの花言葉。
三年前、知ったあの日からきっと本当は待ち望んでたこの関係に。
新しい道標を。
この恋に気づいて
(あ、ねぇ。真田君、待たせてるでしょ?早く行かなきゃ……)(あぁ。そうだ、岡田も行こうか)(え?)(部室でみんなから招待されているんだ。俺の誕生花を祝うのにね)(え。そんな、あたし邪魔じゃない?)(いいんだよ。俺が自慢したいんだから)