Obediently

それは唐突で。曖昧で。
あたしの気持ちなんて、気付いてないと思ってた。

「白石君、戸締りOK?」
「大丈夫や。鍵、職員室戻してくるさかい、先に行っとって」

四月。新入生がちらほらと見学にくるなか、部活自体が短縮になっている。この時期に三者面談なんてぶっ込む学校もどうかと思ったけど、三年生であるあたし達には受験という立ちはだかる壁に向かうために必要な工程らしい。
白石君が部長になって半年強。春風が撫でるテニスコートは、今までにないくらい緊張した練習になっている。今年は全国制覇、掲げた目標に部員一丸になって真面目に取り組んでいるからだ。

「待たしたな。ほな、帰ろっか」
「あ、うん」

そんなあたしもマネージャーになって一年。部員みんなが頑張ってる姿を見れるのも今年で終わりと思うと、全国制覇という夢に思いを馳せてしまう。どうせなら行きたい。みんなと一緒に。……そして、ずっと。ずっと追い求めてた、白石君の背中。少しでも寄り添いたくて、こうやって時間をみつけては隣にいたりする。
浅ましいし、ズルいとも思うけど。この隣は誰にも譲りたくないんだ。

「……なんや、考えごとか?」
「へっ?! なんで?!」
「ずっと俯いてるさかい。悩みごとでもあるんかいなって」
「……あ、えー……別にな……いよ?」
「数日前からずっとそんなやん。ほんまかいな」

人の感情の機微に聡いとは思ってたけど、いざ指摘されると戸惑ってしまう。
そんな風に思ってしまうくらい、あたしはこの人が好きだ。しかも今日は白石君の誕生日。年に一度の最大級なチャンスに、あたしはここ最近ずっと悩みっぱなしだった。
念の為に用意したプレゼントは、ずっとカバンの中で出番を待っている。その出番はあたしが作り出すしかないのだけど。

「やっぱダメや」
「え?」
「マネージャーがそんな顔しとったら、頑張れるもんも頑張れへん。悩みやったら俺が聞くさかい……ちゃんと話してや」

なんで今日に限ってこんなにもグイグイくるんだろう。いつもだったらこの手の話題、さらっと聞いて終わるのに。追求とか全然してこないのに。話してくれるまで待つタイプだと思ってたのに。

「や、あの……」
「俺に話せへんことか?」
「話せない、わけじゃ……ないけど」
「だったらええやん?話してスッキリすることも多いし、話したってや」
「………………ッ、」

俯きながら顔を右に向ければ、覗き込むようにあたしの顔を見やる彼。その近さに、心臓がありえないほど飛び跳ねた。
いや、近い近い近い。ダメだよ、こんなの。言うものも言えなくなる。言葉が出てこなくなる。

「マネージャーが言えへんなら……俺から悩みごと告白しようかな」
「えっ?!」
「なんやその顔……。俺かて悩みごとの一つや二つあるわ」
「いや、そうだよね。……じゃなくて。なんで今ここで……?」

夕日の影が伸びる通学路。穏やかな春の匂いが混じる風は、ふわりとあたし達を吹き抜けていく。
足をとめた白石君が、戸惑い気味にあたしを見る。一年、見てきたけど、初めて見せる顔。
あたしの質問には言及せず、口元を隠すように手を当て上目遣いで話しだした。

「せやな……。俺の悩みごとな。とある女の子のことやねん」
「……ぇえ!」
「そんなビックリせんといてや」
「や、ごめん……」

そ、それはそれでかなりショックなんだけど。
え? あたし、これから失恋確定で話を聞かなきゃならないの? キツイキツイ。それはキツイ。

「ほんで……その子、一生懸命な子でな。誰かのために頑張れるいい子なんやけど、自分を犠牲しにがちやねん。俺は気にかけておるんやけど、いつも笑顔でヘーキヘーキ言うてな。助けて欲しいときに声あげへんような子やねん」
「そ、そなんだ……」
「いつもあまり話を聞くことはせえへんようにしとってん。話してくれるまで待とう思て。やけど、ここ最近。なんかおかしゅうてな。ずっとどっか心在らずな状態やねん」
「………………」

む、胸が痛くなってきた。なんでこんな話、聞かなきゃならないの? あたしじゃない誰かの話なんて、聞きたくない。ズキズキする。痛すぎて思考すら麻痺しそう。逃げ出したい。でも、できない。

だって……目の前のこの人が……とてつもなく好きだから。

いつだって、どんなときだって。そばにいたいから。この人に悟られたくなくて、ずっと曖昧にしてたこの気持ち。気にかけてくれることが、話しかけてくれることが。とてつもなく嬉しくてたまらなかったけど。
全国制覇の目標に、あたしなんて目に入れて貰えない。白石君の夢に目標に、あたしのこの想いをぶつけるわけにはいかない。

そう、ずっと……思ってた。

だから、この隣をキープできるあたしはズルい。マネージャーというこの地位は、他の誰よりも優位に立ってると思う。白石君が何人も女の子の想いを断ってきてたから。この状況に胡座をかいて安堵してたバチが当たったんだ。

これ以上、話を聞いてられない。目の前の現実に背を向けたくて、向き合う白石君の前で目をつぶり俯いた。
涙が出そう。でもここでは出したくない。早く帰ってしまいたい。でもまだ隣にいたい。

「……その、女の子……。誰だか分かる?」

そんな想いを読まれたかのように、白石君の声色は、よりいっそう優しさが増した。
その優しさに俯いてた顔を思わずあげる。目も開け、白石君の表情を確認する。

「白石……君?」

微笑む白石君が伸ばす左手。意味がわからなくて、なにも身構えることなく、その行方を目線で追った。
追った先は、あたしの視界には捕えられない場所。頭に手のひらの感触と重さ。それと温もり。小さい子どもを優しく撫でるように、その感触と温もりが上下する。

「しら……」
「その女の子な、俺の目の前の子やねん」
「……え?」
「気付かん? 俺の話……全部マネージャー……岡田の話やねん」
「ッ、だっ、でも」
「頑張ってるところも、一生懸命なところも。俺が岡田の力になりとうて声かけとったのに。ここ最近、ずっと上の空やったろ?」

あぁ、駄目だ。我慢してた涙がとうとう決壊する。耐えなきゃならないのに。こんなこと、本当ならば絶対おきない、おきてはならない出来事なはずなのに。

「話せへん?」
「……ぅ、あ……ッ、う……」
「泣くぐらいやったら、俺に話してほしいんやけどなぁ。言うとくけど、こないに構うのは、岡田のこと好きやから。せやから、言うてほしいんや」

……………………ん?
いま、なんて言った……?
なんか、言った……?

「なんや、その呆気にとられた顔」
「……え? あれ? さっき……なんか……」
「ん?」
「も、もっかい言って……!」
「は?」
「あたしに構うのは……」

そこで世にも珍しいものを見た気がする。
あたしの頭を撫でる手を引っ込めて、小さく唸る口元をその手で抑え、耳まで赤く染まる顔。
本当に、今のいままで。見たことのない、白石蔵ノ介の……真っ赤な顔。

「アカン。サラッと伝えて終わりにしよと思うとったのに。そんな、堂々と言うなんて……流石の俺でも恥ずかしいで……?」

口元から目元を隠し顔をそらして、包帯が巻かれた右手はあたしの目の前へ。「アカン。アカンねん」と手のひらを見せては、その顔を見せようとしてくれない。
さっきまでの、胸の痛み。目を逸らしたくなるような現実はどこ? ズキズキとした痛みは消え、その代わりに鼓動がありえないくらい鳴り響いてる。
視界は歪んだまま。だけど、悲しさからくるものじゃないのは分かる。顔が熱くて、なにを言葉にしていいか思考が停止しかけてる。

「いや、アカンのは俺やな。ちゃんと伝えるもん伝えへんと、男やないな」
「……しらい、し……く……」
「ちゃんと言うたるわ。……岡田」
「は、はい……」
「岡田のこと、この一年よう見てきた。最初こそよう働くマネージャーやって思っとっただけやけど……気ぃついたら目で追うようになっとった」
「うん……」
「そやさかい、力になりたいって思て声かけるようになった。マネージャーってこともあるけど、それだけとはちゃう。岡田が俺のそばで頑張ってくれてるのが、なによりも嬉しゅうて。変に気ぃ使うし、甘えてくれてもええのにってなんべんも思たで。せやけど……」

包帯が巻かれた右手が下がる。頭を撫でてた左手は、いつの間にか熱いあたしの頬に添えられて。
夕日に照らされて、白石君の表情がはっきりと見える。真剣な眼差し。テニスコートに立つときと同じ顔。添えた左手、少し……震えてるようにも感じる。

「素直に甘えられへん岡田みて、誰にも譲られへんな思た。岡田の隣には俺がええ。俺の隣で、そばで、ずっと一緒におってほしいって思た。やで、今日……俺の誕生日やさかい。この想い、伝えよう思てん」
「…………ッ、しら……」
「ちゃんと伝えるわ。岡田……。俺は岡田のこと……好き、や……」

もう、我慢することなんてない。
唐突だとも思ったこの時間も、曖昧なあたしの態度も。もうなにもかも隠さなくていい。
気持ちが溢れ出して、涙が頬につたうのが分かる。我慢しなくていいんだ、と思った瞬間にそれは決壊。耐えた痛みは、まるで春の風にのって吹き流れていって。

「あたし、も……ッ! ずっと好き、だった……」
「ほんま?」
「でも、あたしはずるいから。白石君の隣にずっといられてることが……他の子とは違うから。優越感に浸りながらも、胸は痛かった。でも……でも……。あげたくなかった。白石君の隣、ッ、きゃっ!」

次の言葉を紡ごうと開きかけた口からは、思ってもいない声が出た。それは、白石君があたしを抱きしめたから。それも勢いよく、強く。
途端に温もりが、匂いが、身体中を駆け巡る。チカチカする目の前に、微かに見えるのは白石君の柔らかい髪の色。その枯野色が夕日に照らされ、キラキラと音が聞こえてきそうで。

「しら……」
「……嫌だ言うても離さへんからな?」
「そんなこと、言うわけないよ」
「自惚れてええか? 悩んどったのは俺のこと?」
「うん……」
「はよ言えや」
「言えるわけないでしょ……」
「いや。言うてほしい」
「も、そんなの無──……」

緩んだ腕の力。あたしは思わず距離をとろうと体を離した。でも、その顔は見たい。だから見上げようと自分の顔を上げた瞬間。
口元へ、降ってきたのは柔らかな感触。唇から伝わる熱は、一瞬であたしを夢心地にさせる。

……キス、が。こんなにも甘いだなんて。
あたしは知らない。

「次からは言うて」
「……ッ、もっ! こ、こんなとこで……!」
「いま、したかったんやさかい。しゃあないやろ」

あぁ、どんなに抵抗しても。敵わない気がする。適わなくていいんだろうけど。

曖昧なこの気持ちは、誕生日の唐突な彼の告白で終わりになって。
素直に甘えられる時間は、これからの……あたし達の行き先。










Obediently
(あ、そうだ。プレゼント……)(なんや、用意してくれとったん?)(うん。渡せないと思ってたけど)(え……。悲しいこと言うなや)(ごめん……)(いや、岡田が謝ることやないけど……。なにくれるん?)(こないだ、小さい植物図鑑ほしいって言ってたよね?だから、これ……)
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