近づけるとは思ってなかったから、考えないようにしてた。
クラスが一緒だって、あなたは遠い存在だと思ってたから。
「ねぇ、岡田さんって花が好きなの?」
それは突然訪れた。学校の教室で。昼休み。
クラスの、いや。学校一人気者と言っても過言ではない彼が、なんと平凡すぎるあたしに話しかけてきたのだ。
「………………す、好きか嫌いか聞かれたら好きかな」
「え?随分と間があったけど、なに?」
「い、いや!びっくりしただけ!」
「びっくり?俺が話しかけたのが、かい?」
「う、うん」
そりゃあびっくりもするでしょ。だってあの幸村君だよ?
話しかけられたらひとたび校内の女子からやっかまれると有名な幸村君だよ?
そんな人があたしなんかに話しかけること自体、天変地異の前触れなんじゃないかって思う。
「それは驚かせて悪かったね。同じクラスなのに俺が話しかけることが驚かせるなんて、思ってもみなかったから」
「いや、ごめん。それはあたしが悪かった」
「あれ?意外と素直なんだね、岡田さんって」
「意外とってなに……」
「ん?そのままの意味だけど」
いや、なんだっちゅーねん。
幸村君はあたしをからかってるのか、クスクスと笑ってる。
あーほらほら、クラスの女子がこっちみて睨んでるよ?そんな楽しそうにしないで欲しい。
「で、どんな花が好きなのかな?」
「えぇ?!つか、なんで?」
「どういうことだい?」
「いや、だから。なんであたしに好きな花を聞いてくるのかなって」
「……そうだな。贈りたい、からかな」
「はぁ?!」
「きみに贈りたいんだよ。きみの好きな花を」
ますます意味わからん。なんなんだ、この人。
いや、幸村精市様でした。失敬失敬。
しかし、こんな意味わかんないこと言う人だったの?幸村君って。長年立海において色々と噂は聞いてきたけど、今年初めて同じクラスになったから細かいことは知らないんだよね。
テニス部の人たちが大変そうだな……。こんなわからん人が部長なんて。
「あ。今、俺のことが分からないって思っていただろ?」
「うっ!」
「顔に書いてあるよ?分かりやすいんだね。そうかそうか」
「え?え?」
「じゃあ、ちょっと付き合ってもらおうかな?屋上まで」
そう言った瞬間、返答も聞かずに幸村君はあたしの手を握り、教室をあとにする。
混乱するあたしを他所に、教室は悲痛に近い叫び声が聞こえてきた。
え、マジで勘弁なんですけど?!!!
明日から学校これないじゃん!!!
どうしてくれんだよー幸村精市ッ!!!
幸村君はそんなあたしの心情を知ってか知らずか。
手を握る強さは変わらず、そのまま屋上庭園までかけ登った。
屋上の重い扉を開けると、何人かの生徒が思い思いの時間を過ごしてる。
幸村君がいてもいなくても……その空気は変わらない。教室と違って居心地は最高にいい。
「はい。選んで?」
「え?!!!」
「岡田さんの好きな花。とりあえずこの中から」
「いやいやいや!だから理由!」
「言っただろ?きみに花を贈りたいって」
「だーかーらー!あたしに花を贈りたい理由だってーの!」
話が微妙に噛み合わなくて、つい素で話してしまった。
こんな高嶺の花な人に、こんな口調で話す女子なんて合わないじゃん。ヤバいヤバい。おしとやかに……おしとやかに……。
「言っとくけど、今更おしとやかにしても意味ないからね?」
「………………」
「きみのこと、わかってるつもりだよ」
「は?どういうこと?」
サァっとあたしたちの回りを風が撫ぜる。
梅雨の合間の晴れた日は、もうすぐ夏を知らせるシグナルのよう。
風が幸村君の藍色の髪をなびかせて、陽の光でキラキラと反射してるようだ。
「わからない?」
「……わかんない」
「じゃあ……好きな花を教えてもらえないから、この花言葉をもって伝えようかな?」
庭園に咲き誇ってるマーガレットをひと摘みした幸村君は、それをあたしの前に差し出した。
「摘んだのは内緒にしておいてほしいな」
「……マーガレットの花言葉……」
「知っているかい?」
「……真実の愛……」
「正解」
それって、それって。
頭の中はフル回転して考える。
でも、意味がわかんなくて。なんで幸村精市とあろうものが、こんなへんちくりんな女に花を贈るの。
「きみさ、去年美化委員だっただろ?」
「あぁ……うん」
「そこだよ。岡田さんを見つけたのは」
「……当番が一緒になったことあったけど」
「理由なんてないんだ。ただ、花を愛でるきみの姿が忘れられなかったんだ」
考えないようにしてた。
本当は去年美化委員をやったのも、ジャンケンを頑張って勝ったのも。
あなたを見たかったから。あなたを感じたかったから。
でも遠い存在だと思った。それを痛感したから。
「受け取ってくれないと結構ショックなんだけどな」
「う、受け取る!もらう!もらいます!」
「はは、勢いがいいね。逃げやしないのに」
幸村君から一輪花を受け取る。
庭園のちょうど影。回りをざっと見渡しても生徒の気配がないところ。
幸村君はぐっとあたしに近づいて、動けないでいるあたしの耳元で囁いたんだ。
「灯が好きだよ」
「……あたしも、ずっと好き、だった」
あたしと幸村君の間には、少し押しつぶされるよう主張するマーガレット。
あたしの手の中で、あたしと幸村君を見上げるかのように咲き誇る。
マーガレット
(告白していきなりキスってまずかったかい?)(えっ!な、なんで……)(だって灯の顔が真っ赤に染ってるから)(……ッ、まずくない!まずくない!)(じゃあ……もう一回)