ねえ、知ってる?
あなたからの魔法の言葉。
「相葉さん」
「なぁに?不二君」
高校受験も近い、ある秋の晴れた日。
デートしたいなぁ、美味しいモノ食べたいなぁ、あー公園なんていいかも。
そんなやりたい事尽くしの今年の秋は……。
目の前のテスト期間という地獄を乗り越えないと得られないものだった……。
「顔は澄ましてるようだけど、さっきからペン進んでないよ?どうしたの」
「……えっ!」
「古典、嫌い?」
「得意ではないかな……。不二君得意なんだっけ?」
「うん、好きだよ」
教科書をペラっと捲って、視線を落とす不二君が妙に色っぽくって。
ああ……あの教科書になりたいって思ったのは、ここだけの話。
中間テストなんて、今までは鬱だったけど……。今回はちょっと神様って思ってるもん。現金だなぁ、あたし。
不二君と付き合い始めたのが数週間前。こうやって、夢にまで見た彼氏と図書室でテスト勉強。それが不二君だなんて、一生の運使い果たしてるんじゃないかってぐらい思う。
「あ、相葉さん。ここ間違えてるよ」
「え……あーもー覚えらんないッ!不二君の脳みそ分けて欲しい……」
「あはは。じゃあ、僕は相葉さんの分けて欲しいな」
「ぃえ?」
「ふふ、なんて声出してるの」
ふわりと笑う不二君の考えが読めなくて、思わず手元に力が入ってシャーペンの芯が折れる。
相変わらず、ニコニコしてる不二君。あ、あたし……からかわれたのか。ヤダ、恥しい……。
間違えたとこを消しゴムで消してると、見回りに来てた先生が「もう今日は閉めるよ」と声をかけてきた。
あー……もうそんな時間?携帯を見れば午後三時。うーん、もうちょっとやんないと、明日の古典本当にヤバい。
「さ、出よう相葉さん。続きはスタバでも行こうか」
「あ!いいね!新作飲みたい!」
「飲みに行くんじゃないんだからね?」
「えっ!……ソウデスネ……」
「そんな可愛い反応しても、勉強はやるよ?」
クスクス笑う不二君。ううぅぅ……またからかう……。
既に席を立ってる不二君は「ほらほら、行くよ?」と言いながらも、あたしの支度が整うまで待ってくれてて、あたしが借りた参考書分の荷物を持ってくれた。
図書室を後にして校舎を出ると、爽やかな秋の風が吹き抜ける。
ちょっと肌寒いかな。まだ寒いって思うには早すぎるかな。
街路樹のイチョウが黄色に色付いて、さっき思ってた公園デートみたいで。ちょっと夢叶ったなーなんて思ってた。
「ねぇ、さっきの話」
「ん?なぁに?」
「ホラ、脳を分けて欲しいって」
「あーあれね!いや、本当にね!そしたら古典で苦労しないですむもん。でも、不二君はあたしの分けて貰っても意味なくない?」
「意味はあるかな?」
「え?何で?」
今まで聞こえてた落ち葉を踏む音が止んで、不二君が歩みを止めたのが分かった。
少し前を進んだあたしの手をおもむろに握る。
意味が分からなくて、握られた手が不二君の熱に混じると、ジワジワと自分の顔が熱くなってきた。
まだ、数回しか繋いだことのない手。
「相葉さんの気持ちが分かるから」
「……不二君?」
「ついでに僕の気持ちも分かってもらえるから、かな」
「え……?」
不二君は、繋いだあたしの手をゆっくりと口元へ運ぶ。
手に感じる柔らかな感触。小さく、でもあたしの耳には確かに聞こえた音。
あたしにはそれを全部理解するのに時間がかかって、気付いた時には顔に熱が集中してた。
え、あ、ど、えぇ?!
「名前で呼ばせて欲しいんだ」
「はぃ!」
「相葉さん、じゃなくて……雫で」
「ええええ」
「真っ赤だよ?雫」
「ま、待って!待って!不二く……」
「僕の事も名前で呼んで?」
不二君は、あたしの手にキスしたままあたしの事を名前で呼ぶ。
くすぐったくて、どうしようもなくて、どうしたらいいのか分からなくて。
上目遣いでお願いをする不二君に、あたしはクラクラしてしまう。
「ね。ホラ……呼んで?」
「……ッ!あ、し、しゅう……す、け……」
「ん?聞こえない」
「〜〜ッ……しゅうすけ……」
「もう一回、雫」
「周助……」
「良く出来ました」
離れてた距離が縮まって、手が繋がれたまま頭を撫でる不二君。
……じゃなくて、しゅう、すけ。
もう……こんな回りくどい事しなくても……。
でも、こんな周助の一面を見れるのは彼女になれたから?
呼ばれる名前が魔法みたいて、キラキラと輝いてるみたい。
「雫」
「ふふ、周助」
だから。周助って呼べる女の子、増やさないで欲しいな。
あなたの魔法にかけられるのは、あたしだけ。
できればいつまでも、ね……。
魔法の言葉
(じゃあ、古典頑張ろっか)(あ、勉強はしっかりするのね……)(頑張ったらご褒美あげるから)(え!スタバの新作?!)(ふふ、秘密)
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