春はあけぼの。時は週末。大学の入学前。周助は一人暮らしする事になって、あたしは手伝い(と言いながら、自分の趣味のものを周助の家に置く)のため、一緒に出かけていた。
買った物で自室に置きたい物を置きに、一度あたしの家に寄ることになったんだけど……帰ったら従姉が遊びに来ていた。
周助を一旦玄関で待たせて、あたしはリビングに向かう。
「あれー!お姉ちゃん久しぶり!」
「雫ちゃーん!暫く見ない内にキレーになったねぇ〜」
「お姉ちゃんこそ、すっかりママだね〜!二人目っていつだっけ?」
「来月なんだよー。だからこっちに帰ってきたんだけど。って、もしかして玄関にいるの彼氏さん?!」
「あ!あ、そ、そう……なの」
「やだ……イケメン……!雫ちゃん、いい人捕まえたねぇ。紹介してよ〜」
「ちょ、ニヤニヤしないでよっ」
玄関にいた周助を手招きで呼んで、改めて紹介したんだけど……。
その時にちょっとした事件がおきた。
「初めまして、不二周助です」
「初めましてぇ〜!雫の従姉の美咲です〜!やーホントにイケメン。叔母さんも鼻高々じゃない?」
「やだねぇ、美咲ったら。自慢よ。自慢」
「お姉ちゃん!お母さん!」
「ふふ、そう思って頂けるなら何よりです」
「はー!返しもイケメンッ!って、ウチの子紹介してないわよね。郁人!ほら、挨拶しなさい」
お姉ちゃんの足元でずっと身を隠してた郁人くんが、おずおずと前に出てきた。あたしが五年前、郁人君が産まれた頃に会ったきり。それがこんなに大きくなって……!可愛すぎない?
「郁人くーん!大きくなったねぇ。五歳だったよね!あー可愛い。あんなちっちゃかったのに……」
「……雫ちゃん?」
「そーよ。ママの従妹の雫ちゃんだよ。お写真で見たことあったでしょ?」
「みた。ママが、かわいいいもーとみたいだっていってた。ボクも雫ちゃん、かわいいなっておもってた」
「そーなの?可愛い!五歳って可愛い!好き!」
「雫、そんないきなり抱きつかないの。ビックリしちゃうよ?」
「……こっちのひと、ボクしらない」
あたしが郁人君に抱きつくと、それを窘めるように周助が肩を叩いた。
あたしの腕の中で、郁人君が周助をじっと見る。
あ、あれ?和やかな一時じゃない空気が急に流れてきてる……?
え?あれ?周助、さん?あれ?あたし、なんか冷や汗みたいなのが出てきたよ?
「コラ、郁人。この人は雫ちゃんの好きな人だよ?」
「ちょ、お姉ちゃん……!」
「雫ちゃんの、すきなひと?」
「そーだよ。パパとママみたいなんだよ?」
「けっこんしてるの?」
「けけけ結婚してない!してないよ?郁人君!」
「ふーん……。じゃあボクも雫ちゃんすきだから、雫ちゃんのすきなひとになる?」
い、今どきの五歳児って、ませてる……ッ!
いきなりの郁人君からの告白に、あたしは動揺するしかなくて何も言えなかったんだけど、周助が郁人君と同じ目線になって頭を撫で始めた。
「ダメ。雫ちゃんの好きな人は僕だから」
「……周助」
「もうちょっと大きくなったら、きっと雫ちゃんみたいに素敵な人がキミの前に現れてくれるよ?もしかしたら、もういるかもね」
「……やだ」
「え?」
あたしも周助も、お姉ちゃんも。一緒になって声に出してしまう。
「やだ。ボク、雫ちゃんだいすきだもん。ようちえんのお友だちでも、雫ちゃんみたいにかわいいこ、いないもん」
「こ、こら!郁人!雫ちゃん達困らせないの!もーこの子ったら。ごめんね。郁人、雫ちゃんの写真見せてってよく言うなーって思ってたんだけど……こーゆーことか……」
「いやいや、好きって言って貰えるのは嬉しいから!謝ることじゃないよ?」
「ボクが雫ちゃんをすきなこと……雫ちゃんはうれしいの?」
「えっ?!あ、うん。郁人君が好きって言ってくれるのは嬉しい……かなぁ〜」
よ、横にいる周助の顔が見れない……!
絶対怒ってるよ……!あたしが否定しないからッ!
いや、そもそも五歳児に怒るかな?あの周助が?ちょっと自惚れすぎかな、あたし。
チラッと周助を見れば……あ、目を開けてらっしゃる。怒ってるな、コレは。
ど、どうしよう……!上手い返しが見つからない!
「そういえば雫、何しに帰ってきたのよ」
お母さんに声をかけられて、本来の目的を思い出した。ナイスタイミング……ッ!
「あ!そうそう。荷物置きに来たの。また出かけるから」
「あらそう?周助君もごめんなさいねぇ。この子の趣味に付き合わせちゃって。お茶ぐらい飲んでく?」
「あ、いえ。お構いなく。これから僕も借りた部屋に行くところなので」
お母さん、グッジョブ!最高のタイミングに声かけてくれたよ……!
これ以上、周助の機嫌を損ないたくない……!
そそくさと自分の部屋に荷物を置いて、リビングに待たせた周助の腕を取って足早に家を出ようとする。
玄関まで来て靴をはいたところで、後ろから誰かが抱きついてきた。……郁人君だ。
「ね。雫ちゃん。こんどいつあえる?」
「い、郁人君……」
「ボクさびしいな。せっかくあえたのに……」
「ママがしばらくこっちにいるって言うから、すぐ会えるよ?」
「ほんと?」
「うん。だから、今度は遊ぼうね」
「……そっちのおにいさんは、そのときいない?」
五歳児……恐るべし……!
さっきかいたと思った冷や汗が、また溢れ出てくるようだよ……!
あたしの後ろにいた周助を恐る恐る見上げると……。
あぁ……もうオーラが怒ってる……。
「そうだね。僕は雫ちゃんと結婚してるわけじゃないからね。ずっと一緒って訳にはいかないかな」
「じゃあいないんだ!」
「うん。いないかもしれないね。でも」
「でも?」
「僕のお嫁さんは雫ちゃんだからね。郁人君にもあげるつもりもないし、あげられない」
郁人君の頭を優しく撫でながら話す周助に、あたしは顔を赤くして固まるしかできなかったけど。
真剣に郁人君に向き合ってくれてる姿は、なんだかあたしの心にもギュッときて。
そのあと郁人君は、ちょっと目に涙を浮かべて家を出るあたし達に手を振ってくれた。お姉ちゃんの足元に隠れながらだったけど。
「周助、かっこよかったよ」
「…………」
「あ、あれ?」
「…………」
「周助……。拗ねてる?」
「拗ねてなんかないよ」
「じゃあヤキモチ妬いてる」
「妬いてない」
「……怒ってる?」
歩いてた足がピタリと止まる。何も言わない周助にあたしは不安になって、こんな事になるなら郁人君にちゃんと言えば良かったとか、家寄らなきゃ良かったとか色々と考えを巡らせてしまう。
怒るのも当然、かもしれない。いくら五歳児とはいえ……あたしだって逆の立場だったらムカついてしまうだろうし。
あ、ダメだ。色々考えてたら、涙出そう。こんな事で泣くなんて……どんだけあたしは卑怯な人間なんだ。
「さっきのアレ。本気だからね」
ずっと無言だった周助が出した台詞に、あたしは理解できず再び固まってしまった。
「雫をお嫁さんにって話」
「……あ!え?」
「いきなり現れた恋敵に、乗せられて言った事じゃないからね?」
「周助……」
「拗ねてるつもりはなかったけど。でも雫も満更じゃなさそうだったから……」
「や!そりゃ……五歳の男の子なんて、本気だと思わないから……。可哀想かな、なんて思って」
「可哀想だからって、僕は雫を誰かに上げるほど大人じゃないよ」
離れてた距離を詰めて、あたしは周助に抱きついた。やっぱり、これだけあたしを想ってくれるのは、周助しかいない。
郁人君には悪いけど……次はちゃんと話さないと。
あたしだって、周助を誰かにあげるなんてこと、したくない。
「ごめんね」
「僕のほうこそ、ごめん。ちょっと大人気なかったな」
「ううん。あたしが曖昧な返事しちゃったから。恋に大人も子どもも関係ないよね」
「ふふ、そうかもね。……じゃあ、僕への返事は?」
「え?」
「雫をお嫁さんにって。雫はどう?」
「ぁ、そ、れは……うぅぅ」
「なぁに?」
「もう!知ってるくせにっ!」
もちろん、答えは決まってる。色んなあたなが大好きだから。
拗ねたり妬いたり、それを許せるのはあたしだけ、だからね。
ずっと一緒にいて下さい。
「ちゃんと言葉にして欲しいなぁ」
「……あたしを周助のお嫁さんにして下さい」
「ふふ、よくできました」
そんなアナタが好き
(とりあえず、次に郁人君が家に来た時は僕も行くからね)(……えっ?!)(やだなぁ。僕が五歳児に手加減するとでも?)(大人気ないよ、周助……!)
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