芸術祭の夜、本当であれば加奈とディナーをする予定だった。夕方になって急遽、遠方の友達とディナーすることになったから、夜は一人で済ませてほしいとのメールが入った。
少し嫌な予感はしたけど、まぁ気に病んでも仕方ない。携帯の画面を見ながら、僕はそっと電源を落とす。
「え?予定空いちゃったんですか?」
佐古田さんが帰って、僕は雫に学校を案内してもらいながら芸祭を楽しんでいた。
主に楽しんでるのは雫のほうだけど。
「うん。夜がぽっかりね。どうしようかな」
「………………」
「なぁに?雫。そんなに見つめて」
「いや……あたしから誘わせようとしてるんじゃないかって思ってたとこです」
「心外だなぁ。そんなことないよ?」
「その笑顔が物語ってるんですー!」
片手に綿あめを持って長い髪を揺らしながら頬を膨らませた雫は、僕の袖を持って顔を赤らめ目線をそらす。
「仕方ないから言ってあげます。お夕飯、いっしょに食べましょ?」
「よかった。誘ってもらえないかと思った」
「もう。不二さんが素直に誘ってもいいんですからね!」
「雫、違うでしょ?」
「え?」
「僕の名前」
「あぅ!あ……し、しゅう、すけ……さん」
赤らんでた顔は、さらに真っ赤になって。僕はそんな雫を見るだけでも満足だ。
「可愛いなぁ」
「うぐ……あんまり言わないで下さい……」
「せっかくこの気持ちに気づけたのに、なにも言わないほうが勿体なくて」
「うぅ……慣れなくてイヤなんですぅ」
「ほら、また可愛い顔した。写真撮りたくなってきたよ」
「それこそやめてください〜!」
まるでなにも障害がない恋人同士みたいに。僕も雫も、今という時間を楽しんでいる。
きみのくるくる変わる表情は、僕の気持ちを嘘みたいに穏やかにしてくれて。作り笑いをしてた頃を忘れてしまうようだ。
「じゃあ、夕飯は僕の家でどう?なにか雫の好きな物、振る舞うよ?」
「えっ……!ふ、周助さん家?!」
「うん。ダメだった?」
「いや、それは全然大丈夫ですけど……」
少し不安そうに見上げる雫。
その顔を見るかぎり、きっと加奈と鉢合わせしないかどうか心配してるんだろうな。
「あ、大丈夫だよ?こっちは誰も知らないから」
「?」
「もう一部屋借りてるんだ。そっちね」
「……えっ!も、もう一部屋……」
驚いた顔をして、まるで信じられないものを見てるかのようだ。さっきから全く飽きないね、きみは。
どれだけ僕を翻弄させるんだろう。
「ちなみに、一応僕仕事してるからね?芸術写真だけじゃあ食べてくのは今は無理だから。ちゃんと、カメラマンとしてお仕事してるからね?」
「あぁ……はぃ……いや、知ってましたけど」
「ふふ、じゃあなに?その顔」
「どんな顔ですか」
「んー……と。あぁ、あった。こんな顔」
さっき屋台の前で怪訝そうな顔を覗かせてた雫を、思わず撮ってしまった写真をカメラのディスプレイからみせる。
あのときあまりにもおかしくて、僕は気づいたらシャッターを押していた。
その怪訝そうな顔のまま「売り切れだそうです……」と戻ってきて、しばらく不貞腐れていたんだ。
「ちょ、周助さん!なんですかこれ!」
「あははは!さっきこっそり撮ったんだよ」
「な、ちょ、やめて!消して!こんな顔!」
「あはははは!無理。だめ」
「笑いすぎッ!!!!」
そのむくれた頬に顔を真っ赤にして、なんとかカメラを奪おうとするも、僕との身長差でカメラは奪えなかった。雫は明らかに不機嫌そう。でも、加奈の不機嫌とは全く違う。むしろ可愛いくらいだ。
本当に僕はきみが可愛くて仕方ない。
そしてこのまま穏やかに時が過ぎればいいのに、と願わずにはいられない。
ただ……このときの僕は、加奈の本当の顔を知らずにいたんだ――――。
「チッ!電源切ったわね」
僕が芸祭を楽しんでる頃、加奈はある男の部屋にいた。携帯を乱暴にソファに投げて、爪を噛む。相当イラついてる様子だ。
「なんだよ、加奈〜。今日はずいぶん急だったじゃねーの」
「ちょっとイラついたことがあったからね」
「まぁ、いいけどよ?ヤることはいつもと変わんねーからな」
「ちょっと、がっつ気すぎ。アナタにお願いがあるのよ」
「ん〜あとあと!最近お前きてくんねーからさぁ、俺けっこー寂しかったんだぜ?」
「はぁ……もう、仕方ないわね。その代わり、あたしのお願い聞いてくれるわよね?」
纏ってた服をその男に脱がされて、加奈は一糸まとわぬ姿になる。
男にベッドに押し倒され事が進んでいき、ベッドがギシギシと音を立てて激しく揺れはじめた。
「で、なんだよ。お願いって」
「ふふ、ちょっ、とね……。あ、ンッ」
「ほらほら、ちゃんと話せよ?」
「あたしを、騙したヤツ……に……色々として……あぁ、ッ!」
「へへ。こーゆーのもいいな」
「ば、か……ね。あ、やぁ……!て、手伝ってほしい……ッのぉ」
「お前が騙された?」
「そう……ッ!あ、たしから……ぁ、ん。お、玩具……を奪ったの……ッ!」
「へぇ。じゃあ聞いてやんなきゃな!」
男は加奈からお願いを聞かされて、少しニヤリと笑ったようだった。どうやら利害が一致したようだ。
「おっけー!任せとけよ。お前のためだもんなぁ。それ、いくぞ!」
「や……あぁ!」
加奈も僕も……嘘を重ねて何重にもなっていく。
でも重ねた嘘はいつか崩れる。迫りくる危機によって。
今、まさにそのヒビが入った音がした――。- 46 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*