周助の荷物から、一枚のチラシを見つけたのは先週のことだったわ。
手帳に後生大事に畳んではさんであって、予定にも『芸術祭』って書いてあった。
夏のあの日から、少しずつ周助がおかしくなっていったのは明白。最近はしょっちゅう「コンテストの写真を撮りに行くから」と言って、あたしとの約束を反故にされるの。
手帳も携帯もチェックしてるけど、それらしいことはなにも書かれてない。
さすがは不二周助ってところね。
「加奈。今週末は僕、大学に行ってくるね」
月曜日のお昼。ランチは周助が珍しくふるまってくれて、そのパスタを口に運んだときだった。
もちろん、知らないフリをする。
「……えー!今週は式場行こうと思ってたのにぃ!」
「ごめん。それは来週に行こう?今週末は佐古田さんの出身校の芸術祭なんだ。僕もお呼ばれしてて。断れないから」
「もう!写真とあたし、どっちが大事なのかしらっ!」
「……そう言われると僕はなにもできないんだけど」
うっすら目を開いて、あたしを一瞥する。
久しぶりに背筋がゾクリと冷たくなったわ。そんな目、ここ数年はあたしに向けたことないじゃない。
ふんッ!いいわよ。聞き分けのいいフリ、しといてあげるわよ。
「わかったわよ。その代わり来週は絶対だからね!最近、周助付き合い悪いんだもの!」
「コンテストの作品、一枚でも多く撮らないといけないからね。加奈のためだよ?」
「…………そうね。あたしのためでもあるわね。コンテストで優勝したら、あたしも鼻高々だもの!」
残り少ないパスタを食べ終える。いつもあたしの食べる量を完璧に用意する周助。
作ってもらった料理で残したことはないわ。
本当、ここ最近のおかしい言動以外はできた彼氏よね。
……ねぇ。なに考えてんのかしら。
一番大事な時期じゃない。そんな鬱陶しい顔してないで、いつもみたいにニコニコしてればいいじゃない。アナタもあたしも、お互いに愛し合ってはいないけど。
土曜日――――……。
あたしは周助が言ってた大学にきていた。
手帳に書いてたぐらいだし、嘘ではないと思うけど。もしかしたら、となにか勘が働いたのよね。
「ふーん。結構大きいのね」
ぷらぷらと構内を歩く。出店みたいなのも出てて、かなり賑やか。自分の大学時代を思い出すわ。
「周助、どの辺かしら。内緒で来てるから、バレても嫌なのよね」
わけも分からず歩いていると、どうやら絵画の展示がされてるところに来てしまった。
あたし、本当にこういうの興味ないのよねぇ。なにが楽しいのかわかんない。
周助も昔は美術館とかデートで誘ってきて、最初は仕方なく行ってあげてたんだけど。あたしがいい顔しないから、しまいには誘うこともなくなったわ。
「あら……?」
展示されてる絵画を流し目で見てると、一枚大きな絵が目に入った。
見覚えがある。淡い色使いの油絵?どこで見たのかしら。
「あぁ、周助が持ってたチラシだわ。確か」
展示されてる絵をじっと見る。作者名のプレートには相葉雫と明記されていた。
そこで、ふと思い出したことがある。
そういえば……周助の携帯の待受。絵画だったわよね。そう、確かこんな感じの……。
待って。そういえば待受の絵画、コンテストの作品にしたいって周助は言ってたわ。
そして隣の小さめな絵画にも、同じ名前のプレートが付いてるのに気づいた。
どうやら海の絵のようね。茶髪の男性が佇んでる。
待受にしてた絵。
海に茶髪の男性の絵。
そして描いた作者は女――――。
急に全身が粟立つかのようにゾワゾワした。つま先から頭の先にかけて、嫌な感覚が順におそう。
心臓がありえないくらい速く動く。なんとも気持ち悪い感覚に襲われた。
もしかして。
ねぇ。周助あなた――――。
「わぁ!きてくれたんですね、不二さん!」
突然、耳に入ってきた周助の名前。ハッとして物陰に身を潜めた。こんな芸術祭なんてやってると色々な物も人も溢れてて、意外と隠れるのは難しくないものね。
こっそり覗いてみると、周助と少し背の低いおじ様と…………髪の長い女がいた。
「こうやって展示されると、ますます圧巻だね。相葉さん」
「あれ?不二君、もう学生に手ぇ出したの?」
「佐古田さん。冗談はそこまでにしといて下さいね?」
「アハハハ!あたし、不二さんにこの絵の写真を撮りたいって頼まれまして。油絵専攻三年の相葉雫と言います」
「あぁ、前に言ってたモデルってこのコか」
「そうです。描いてるところがすごく印象的だったので。完全に勢いでしたけど」
「いいんじゃないか?最近のやつ見せてもらったけど、本当によく撮れてるもんねぇ」
「ありがとうございます」
あんな周助、久しぶりに見るわ。すごくイキイキとしてて、まるでテニスをやってるときみたい。
それにあの女――……。
あの目。あの仕草。あの態度。アイツ、完全に周助に惚れてるわね。
相葉雫……ね。ふーん。やっと周助の今までの言動に納得いったわ。
しかもモデルですって?ふざけんじゃないわよ!そういうのは普通、婚約者であるあたしがするもんじゃないの?!
「さて。そろそろ写真専攻のほうにも顔出そうかな。行こうか、不二君」
「はい」
「あ!よかったら案内します!実はあたしの友達の作品があるので、佐古田さんに是非みてもらいたくて……」
「いいよいいよ〜!若い子達の作品みてると、私もいい刺激になるからね」
あたしが来た道を、今度は周助達が戻る形で背を向けた。
おじ様先頭に、その後ろを周助と相葉っていう女が並んで歩く。……なんで並んで歩く必要があるっていうのよ。ほんっと、いちいち腹立つわね。
そこであたしは見てしまった。
周助と、その女。互いの右手と左手。小指を絡ませてるところを。
さりげなく当たり前かのように絡まる指は、まるで恋人同士のように見えた。
「ふふ。ふふふ……アハハハハハハ!」
見つけたわよ!周助!
とうとう、見つけたわ!あんなにガードが硬いアナタも、詰めが甘いわね!
あたしがここに来てるなんて、一ミリも思ってなかったんでしょうね。
絶対に許さないから。ぜっったいに!
あたしから逃げようなんて、絶対させない。
あの女……あたしから周助を奪おうなんて、いい度胸してるじゃない。
「ふふふふ、なにしてやろうかしら」
いい?周助。アナタはあたしの人形なのよ?玩具なのよ?
意志を持った人形なんて玩具じゃないわ。
見てなさい。あたしを騙したこと、後悔させてやるから。- 45 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*