ペトルーシュカに花束を

31.



雫が僕のもう一つの家に泊まりにきて、初めての朝を迎えた。
体を重ねたのは初めてだった雫にとって、いい夜だったかどうか……その寝顔をみて思いを巡らす。

僕が言うのもなんだけど、本当に幸せそうに寝てるから。僕がそうであったように、雫もそうであればいいな……。

寝返りをうった額から、サラサラと前髪が落ちる。
それを指ですくうと、身じろいだ雫がふと目を覚ました。


「おはよう」
「…………おはようございます……」


目覚めた瞬間から、頬を赤く染めて。
そんな可愛らしい顔してたら、平静を装うことできなくなっちゃうよ?


「寝られた?」
「はい……」
「どこか痛いとこない?大丈夫?」
「あぅ……き、聞かないで下さい……」
「体調心配してるのに」
「なんか聞きかたがヤラシイんです!」
「ヤラシイのは雫じゃない?」


あ、顔が一気に赤くなった。
言葉にならない叫びを発しながら、雫は僕に枕を投げつける。
もう手元に投げる物がないのがわかると、床に落ちていたワイシャツを羽織ってベッドを出た。

怒ってるけど、耳まで真っ赤なのはわかってるよ?


「もう!目玉焼き焼いてあげませんよ!」
「あ、それは困るなぁ。ふふ、ごめんね?」
「全然謝ってない」
「謝ってるよ?」
「抱きつきながら謝れても誠意が感じられませーん」


後ろから抱きついたら、照れながら怒る雫が見上げたから。
その柔らかい唇にキスを落とした。
薄らと視界に入る雫の表情が、僕をどんどん惑わしていく。
こんなにも心躍るなんて。この気持ちに気づかせてくれたきみが、本当に愛しいよ――……。






「じゃあ、気をつけてね」
「はい!また連絡します」


僕のもう一つの家から最寄りの駅。
雫は今日大学が休みだけど、バイトがあるって言うからここでお別れだ。


「僕からもするよ。そろそろコンテストの写真選びも本格的にしたいし、まだ雫を撮りたいからね」
「あ。そのコンテストって締切いつなんですか?」
「エントリーは来年なんだけどね。納得する写真で挑みたいから」
「わかりました〜!覚えておきます」


左手を警察官みたいに挙げてポーズをつくる。
その可愛らしい仕草に、本当ならキスしたいとこだけど。それは怒るだろうから、頭を優しく撫でた。
ふわり、と華やかな笑顔を見せる雫にまだ別れたくないな……なんて、中学生みたいなことを思ってしまう。

すると、雫の携帯から着信音が聞こえた。
僕のはまだ電源を入れてないから、確実に雫の。


「雫、電話じゃない?」
「あれ。ホントだ。……知らない番号」
「僕、出ようか?」
「大丈夫です大丈夫です!……も、もしもし?どちらさまですかー?」


通話にするも、どうも相手からはなにも反応がないようで、雫は不思議そうな顔をする。
何度目かの「もしもーし?」で、雫は電話を切ろうと耳から携帯を離した瞬間だった。


『人のモノ取っといて彼女気取り?だったら俺とも遊ぼうよ』


受話器から漏れた声は、僕にもハッキリ聞こえた。
今の……は、一体?


「え!な、なんですか?!」
『だから、遊ぼうよ。俺、きみみたいな人と遊んだことねぇからさ!浮気させるくらいイイカラダしてんだろ?相葉雫ちゃーん』


再度、耳に携帯を押し付けた雫の顔色が変わった。僕は雫の携帯を奪い、代わりに応答しようとする。


「しゅ、周助さん!」
「もしもし?どちらさまですか?」
『おっとー彼氏出ちゃったか!じゃーね〜!またかけるよー』


プツリと電話は切れて、通話終了の音が耳元で響く。……これは、なんだ?なにが起こってる?


「周助さん……?」
「あ、あぁ。ごめん。はい、携帯」
「すみません……」
「なに、言われたの?」


雫の表情が曇る。言うのを躊躇ってるのか、なかなか言い出してはくれない。


「……なに、言われた?」
「その……あ、遊ぼうよって」
「それだけ?その前に人のモノ取ってって聞こえたけど」
「な、なにか勘違いしてるんじゃないですかね?間違い電話ですよ、きっと!」


絶対、間違いじゃあない。
相手は僕が出たら『彼氏』というワードを口にした。相手が僕を認識してる、知っているということだと思う。
“誰の”彼氏かは言わなかったけど、おそらくこれは……。


「周助さん?」
「雫……。とりあえずその番号は着拒して、暫く一人で行動するのはやめて」
「……え?」
「すごく嫌な予感がする。この電話がただの間違い電話ならいいんだ。僕の杞憂で済むから。でも……万が一なにかあったら……」
「しっ……心配しすぎですよー!大丈夫です。あたし、こう見えてもメンタルも力も強いんですからね!」
「いやいや、女の子なんだから……。いざってときは僕に連絡してね」
「ふふ、はーい!とりあえず紬に相談してみますね」


こういうとき、きみのそばに付いてあげられたらどんなにいいか。
自分の立場が恨めしい。どうしてきみを守れないんだろう。守りたい……のに。

きみのこの笑顔を……守りたい。壊したくない、壊されたくない。
ザワザワする胸の鼓動。数ヶ月前、姉さんが僕を占った結果が脳裏をよぎる。


『……実は周助のこれからの運気があまり良くないのよね。ちょっと大きめな面倒に巻き込まれそうなのよ――……』
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