ペトルーシュカに花束を

32.



雫と別れたあと、いつもの自宅のほうへ戻る。
もう秋よりも冬と感じるようになる十一月。つい先日まで残暑だなんだとニュースを騒がしていたのに、家のテレビを付ければ最近の天気予報は最低気温にばかり注目している。

部屋に入ってから携帯の電源を入れると、ものの数分で加奈から着信が入った。
本当に僕のこと監視してるんだな、と怒りを通り越して呆れてしまう。


「もしもし」
『周助、どういうこと?電源切ってたでしょう』


電話から聞こえてきた声は、意外にも落ち着いていて。もっと怒鳴るかと思っていた。


「あぁ、ごめん。昨夜はテニス部の人達と飲んでて。充電が切れたんだ」
『で、今帰ってきたってこと?』
「そうだけど。どうしたの?」
『……女と会ってたりしてないわよね』
「…………なぜ?」
『最近、周助がおかしいからよ。あたしに冷たいし』
「そう?昔から加奈に対しては変わらないと思うけど」
『……はぁ?!なにそれ、あたしが悪いって言うの?!』
「誰が悪いって言った?僕は昔から加奈に対して対応変えてないよって言っただけだよ」
『フンっ!どうだか!』


案の定、どんどんヒートアップしてきた。昔から自分の思った通りの返答がないと、すぐ怒るんだ。
いつもはつい面倒くさくて謝ったり、加奈が怒りそうなこと言わないだけなんだけど。


『言っとくけど、あたし疑ってるんだからね。周助が浮気してるんじゃないかって』
「なんのために?この大切な時期にわざわざそんなことすると思う?」
『あたしと結婚したくないからでしょう?!色々周助のためにしてきてあげてたのに!あたしがいなければ、今の周助はありえないのよ?!』
「はぁ……なんでそう思うの。それに“してきてあげた”って言うけど、加奈は自分の承認欲求のために僕を利用してたんでしょ?」


前々から知っていた。加奈がSNSで華美な生活をアップしていたのは。そこに僕がいることも当たり前のように。
インスタ、何万人かフォローがついてたね。知らないと思っていたなら大間違いだ。


『……ふ、ふざけないでよ!』
「ふざけてるのはどっち?……ねぇ、加奈。前から話したいと思っていたんだけど」
『…………なによ』
「僕達……少し距離を取らない?」
『はぁ?!!!』
「前から思っていたんだ。最近、加奈の様子もおかしいし、僕と一緒にいても喧嘩になりそうなことが度々あったし。結婚式前に冷却期間を設けたいなって」


さぁ、どう出るかな。
ちょっとした賭けだ。できるだけ雫に敵意が向いて欲しくない。
ここまで僕のことを把握してるのなら、加奈が雫に手を出すのは目に見えて明らか。
大事になる前にできれば災いは摘んでしまいたい。

きっと加奈の思う通りに嘘を重ねて、きみを愛したフリをしたとしても。
加奈にはわかってしまうだろうから。結局、雫に手は伸びてしまうだろう。

だったら、どうにかその手を上手く使えないか。
僕にはこうするしか雫を守れないから。


『……本気なの?』
「…………うん」
『どうなっても知らないわよッ!』


そこで電話が切れた。
縋りつくわけでもなく、なにか言い訳を言うわけでもなく。
ただ、どうなっても知らない……と一言だけ。

少し早まったかもしれない。
でも、式まであと半年強。時間があるわけでもなかった。
コンテストのことも進めなきゃならない。

……考えることが山積みだ。

でも、まずは一つ確認を取らなきゃならないものがある。こうなった以上、少し事を進めても問題ないと僕は判断した。

僕の携帯が監視されてるなら、どこまで情報が抜けてるか分からない。
もう一個、昔に使ってた携帯を持ち出す。加奈はこれの存在すら覚えてないはずだ。

メールを開く。相手は――……。


『準備完了。あとはよろしくね』


そう入力してメールを送った。
あとは向こうの出方を待つだけだ。
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