「ねぇ、周助」
「なぁに?」
「確かにあたし鍋食べたいって言ったよ」
「うん。だから、ほら」
「うん。鍋は鍋なんだけどさ」
「美味しくできたと思うよ」
「う、うん……」
今夜はあたし……死ぬかもしれない。
事の始まりは今朝だった。
携帯でやり取りをしてて、あたしが昨日の夕方のニュースでやってた鍋特集の話をしたのが全ての始まりだったんだ。
『お鍋食べたい〜!昨日ニュースで鍋特集やってたの!めっちゃくちゃ美味しそうだった!』
『もうそういう季節だしね』
『今日、周助休みだったよね?夕飯はお鍋にしない?』
あたしがそう、鍋を食べたいって言った。
そしたら周助は『いいよ』というスタンプを送り返してきたから、何鍋がいいかなーとちょっとワクワクしてたんだよね。定番鍋もいいし、変わり種の鍋も気になる。こないだ友達とレモン鍋の話もしてて、食べたいな〜でも周助すっぱいのダメだから食べらんないかな〜なんて思ってたとこだった。
スーパーに一緒に行けば、カゴに入る食材や調味料に辛いものはなかったんだ。
安心したんだよね。あ、普通の鍋なんだって。ひき肉あったから、肉団子でも作るのかな?なんて気楽に考えてた。
でも、何鍋作るか教えてくれなかったんだよ。色々話したのに、はぐらかされて。ちょっと嫌な予感はしてたんだ……。
そしたら出てきた二人前弱程の鍋は、なぜか真っ赤に染まっていたのだ。
「で……これは何鍋なの?」
「麻辣シビレ鍋……だったかな」
「へ、へぇ〜……」
「豆板醤と花椒と唐辛子に鷹の爪も入ってて美味しそうだなって」
「……その豆板醤と唐辛子や鷹の爪に花椒はどれくらい入ってるのかな?」
「聞かないほうがいいと思うけど……聞きたい?」
心配した感じで微笑むけど、本当は言いたいんじゃないの?!その微笑みが怖い!
どうりでキッチンに入れてくれないハズだ。あたしがいたら辛さひかえめになるから。
ここぞとばかりにバカスカ入れたんでしょ!この辛そうな調味料達を。だって今、検索したらこんなに赤くないもん。あ、ちょっと辛そう〜ぐらいだったもん。
え?なに、このおどろおどろしいくらいの赤い肉味噌……。ひき肉はコレになったのか。せめてハンバーグにしてあげたかったよ……。
てか、こんなの食べたら天国見えちゃう。
「天国見えるほど辛くはないと思うんだけどな」
「……えっ!!」
「ふふ、割と口から出てたよ?」
「……あ、ハイ……」
「食べる前から汗かいちゃって。仕方ないなぁ」
不意に席を立った周助は、さっき出たばかりのキッチンにまた戻っていった。
え?どういうこと?あ、周助ほど辛いのが食べられないあたしに、辛さがまろやかになるような不思議な調味料でも持ってくるとか?そんなんあるかい。
でもそんな考えとは裏腹に、周助はもう一個土鍋を持ってきた。小さ目の……一人用のかな。
「はい。雫にはこっち」
「……え、あぁっ!」
「まさかこの鍋食べさせるなんて、僕がするわけないでしょ?ちゃんと用意しといたよ」
「レモン鍋……!」
「ただし、味はみてないよ?レシピ通りに作ったから大丈夫だと思うけど」
さっきのスーパー。あたし言ったっけ。レモン鍋のこと。
覚えててくれてたんだ。忘れ物って言って、買ったあとに戻っていったのはコレを買うため……?
すっぱいの苦手なのに、わざわざあたしが食べたいって言ったやつを作ってくれたの……?
「どうする?どっち食べる?」
「……レモン鍋ぇ……」
「はいはい。なに泣きそうになってるの」
「でも、周助のも食べる〜……!だって周助が頑張って作ってくれたんだもん……!」
「え?無理しなくても大丈夫だよ?」
「やだー!食べるー!」
「どうなっても知らないよ?美味しいけど」
小鉢にそっと真っ赤に染まった具材を取り分ける。
うっ……!匂いがすでに辛い……!ツンと、鼻の奥を辛い匂いが通り抜けていく。
こ、これは……生きて帰れるのかな。あたし。なんで食べるって言ったんだろ。言ったのはあたしだけど。
でも、だって……!普段、周助があたしに料理を振る舞うときって、物足りなそうだから……!せ、せめて歩み寄ろうと思った結果なんだよ……!
「僕は止めたからね?雫がどうしても食べるって言うから」
「う、い、いただきます……!」
「はい、どうぞ召し上がれ」
おそるおそる、お箸で肉味噌らしき赤いものと野菜らしき赤いものを摘む。
目をつぶって……一気に口の中に放り込んだ。
何回か咀嚼を繰り返すと……最初はじんわりと感じた辛みが、一気に痛みに変わって口の中を暴れだした。味なんてわからない。
全身の毛穴が開いて、汗がどんどん溢れ出てくる。
「〜〜……ッ!か、からぁ〜っ!い、いたひ!いたひひょ、ひゅうふけ……!」
「あー……だから言ったのに。もう言葉になってないよ?」
「みっ!みふっ……!」
「こういうときは、牛乳がいいって言うんだよね。ちょっと待ってて」
牛乳を常備してるのか……と頭の端に思ったけど、そんなことより今はこの辛さをどうにかしたい!
辛さは痛覚って言うけど、こ、こんなの初めてだ……!痛い!本当に痛い!喉が焼ける!な、なんていうものを作ったんだ……あたしの彼氏は……!
「ごめん、雫」
「はひ?!」
「牛乳切らしちゃってた。こないだ英二がきたときに飲まれたままだったんだ」
「ひへ……!」
「だから……こっち、ね」
カラン、とこの季節にはそぐわない音が耳に入ってきた。周助の手にはグラスに入った氷。水は入ってなくて氷が何個か入ってるだけ。
え?飲めないの?この痛みをいち早く取り除きたいのに、飲めないの?唇だって痛いのに?
この氷を噛み締めろってことか。水よりそっちのほうがいい気がしてきた。というか痛い。早く早く。
「ほら、口開けて?」
「こお……?」
「そう、イイコだね」
なんも疑問も持たず口を開ける。口の中に空気を感じて余計に痛みが増した気がした。そんでもってイイコ、だなんて口を開けただけで?って一瞬思ったんだけど、そんなことより氷だ。
でも気がつけばうっすら目を開けた周助が、まるでイタズラを楽しむかのような微笑みで氷を自分の口に含んだ。
疑問に思ったときには時すでに遅し。あたしはそんな周助によって、口を塞がれる。顔を両手で包まれて、逃れることもできない。
行き場のないあたしの手は、周助の服の袖を掴むしかなくて、息苦しさと口に伝わる冷たさと治まらない痛みが交互に襲ってくる。
「ンん……ッ、ふ……ぁ、っ!」
口の中で氷が歯に当たって、カロカロと心地よい音が耳に響く。二人分の熱で小さくなっていく氷を、周助があたしの口の中で器用に頬のほうへ収めると、今度は舌があたしのと絡まりはじめた。
ピリピリと痛みはまだするのに。逃れようと動かせば動かすほど、周助は執拗に追いかけてくる。
口の中の氷はとっくに溶けてるのに、違う熱が顔も頭の中も占領してしまいそう。艶めかしくも絡まる舌は、その音にあたしの思考を停止させようとする。
ま、ちょ、違う違うちがーーーーう!
「も、やめ……ッ、て」
唸るように微かに声をあげると、周助の唇が名残惜しそうに離れた。見れば意地悪に弧を描いた唇から、つぅと伝う一雫を親指で拭い、あたしに微笑みかける。
あたしは漸くまともに酸素を取り込めて、クラクラする頭が回転をしはじめた。
「もういいの?もっとして欲しそうだったのに」
「……ッ、もう!なにやって……」
「なにって……口移し?」
「ふ、普通に氷か水くれればいいじゃない……!」
「それじゃあ面白くないでしょ?」
くっ……この男は……っ!
そうでした。そうです。不二周助って人はこういう人でした。あたしが甘かったです。周助が普通に提供してくるハズないよね?!
「元はと言えば雫が悪いんだよ。シビレ鍋食べるから」
「〜〜っ!もう!食べない!」
「はいはい。おかげで大分治まったんじゃない?辛いの」
「……まだヒリヒリするもん」
「へぇ、そう?」
あ。これは自爆したと言っても過言ではない。
手に氷の入ったグラスを持って更にイタズラな目で見る周助に、あたしは観念するしかないのだ。
あーあ、せっかくのレモン鍋。
食べるのはまだ先になりそう……。
「お鍋、冷えちゃうよ」
「また温めればいいし」
「もう……なんでこうなるの……」
「そうさせたのは雫でしょ?本当、エ……」
「言わないでっ!」
アナタの罠で痺れさせて。
痺れたらアナタの虜。
痺れるアナタ
(ねぇ、周助……)(なぁに?)(今さ、冷蔵庫開けたら……牛乳入ってたんだけど……)(あ、バレた?)(……周助ッ!)(だって素直に牛乳渡したら、僕が面白くないじゃない?)- 13 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*