ためし

「ねーぇ…ゾロ〜……」
「ん〜……?」
「……ゾロってば〜…」
「…何だよ……さっきから…」

名前を何度呼ぼうと彼は手に持った物を離さない。
ただ前を見据え、何度も素振りをする。
刀が振り下ろされる度に、高い風切り音が鳴る。
別にその事が嫌と思ったことはない。
むしろ、ゾロらしくて安心する。
ただ…

「……離れちゃだめ?」
「ダァメェだッ!」
「じゃあ鍛錬に付き合う。」
「それもダメだ。」
「…ケチ。」
「あぁ、ケチで悪かったな。」

そう、ただ側から離してくれない事に関して以外は。
こんな事なら本、持ってくれば良かったな。
頬杖をついて、空を見上げる。
どこか面白い島にでも着いたら良いのになぁ…。

「お暇そうなサクラさん。」
「お暇ですよ、ブルック。」
「私の歌を一曲、聞いてはくれませんか?」
「ぜひぜひ!」

下段の甲板から声をかけられた。
新しい曲が出来たらしく、早速意見が欲しいらしい。
ブルックの歌はいつも素晴らしいと思う。
今度の歌はどんな曲なんだろう?

「♪……」

バラードな曲調が、波の音と鳥の声だけが聞こえる海の上に優しく溶けていく。
刀の素振りをしていた筈のゾロも隣に座って聞いていた。
大空に憧れ、羽ばたいていく鳥をイメージした曲だった。
ブルックの奏でた音が消え止めば、拍手を贈る。

「ゆったりとした時間が流れる感じでとても良かった…」
「あぁ…なんだか…お前のことを歌った…みてぇだった…」
「おぉ、ゾロさん気付きましたか。そうなんです、これはサクラさんをイメージした曲。」
「え……わた…し…?」
「えぇ、だからこそ聞いてほしかったんですよ。」

どうして私…なんだろうか?

「サクラさんは時たま、先程のように青空を見て悲しい顔をする…」
「………」
「だから少しでもそのお顔が晴れれば良いな、と思いまして。」
「そんなに暗い顔…してる、のかな…」
「昔の事でも思い出してるのか?」
「………そうじゃないけど…この大空を自由に飛べたらなって…」
「…さっきの歌と一緒じゃねぇか。」
「…え…?」
「いつかは俺がいくらでも飛ばしてやるからよ。」

そう言いながら髪を掬うゾロ。
その優しくも真っ直ぐ見つめる瞳と視線が合う。
それだけで重く沈んだ物が軽くなって…
大剣豪になるその日まで、側にいようと思えた。