01


ジリリリ、と鳴り響くそれをもぞもぞ手探りで探し当てボタンを軽く押せば再び静寂が戻る。すると遠くからまるで催促するかのように聞こえてくる鳥の鳴き声が鼓膜に執拗に響いてきた。ーーーああ、朝だ。そう気付くまでにあまり時間はかからず重い身体を起こすと、まだ瞑っている瞼を擦って開いた。

「ふぁあ…」

6時半にアラームがセットされた時計を見ると、針は5分進んでいる。…さてと。

もう一度、大きな欠伸しながら立ち上がって朝の支度を始めた。顔を洗って歯を磨いて、お弁当を作って、メイクをして、スーツに着替える、そんないつも通りのいつもの朝。

至って普通のOLを職業とする私。それなりに忙しいし、それなりに働いてる。発行部数は年々上昇してる女性雑誌の会社に高校卒業すると同時に就職し、あっという間に3年。そしてもうすぐ21歳になる。ついこないだまで制服着てたのになぁ、なんて。

仕事にも慣れてきた今年から一人暮らしを始めた。多くもない毎月の給与でやりくりするのは大変だけど、これが自立するという事なんだろう。昔から周りには“しっかり者のなまえちゃん”そう呼ばれていた私。友達からは“強いね”なんて言われてきた。

「…行ってきます」

けど、自分ではそうは思わない。
しっかり者だろうが強かろうが、やっぱり誰もいない部屋にそう言って家を出るのは寂しいもんだ。
辛いものは辛いし、悲しいものは悲しい。それなのにあたしが強いと言われる理由は、きっとそんな姿を人に見せることが出来ないからだろう。

“なまえはひとりでも大丈夫だよね?”

そんな言葉を小さな頃から聞かされて来たのだから仕方ない。
共働きで忙しい両親に、ひとつ年上の兄は小さい頃から多才で毎日お稽古にお勉強。今は県内1と言われる日本帝王大学、略して帝大の4年生。性格は学歴とは打って変わってちゃらんぽらんで、モテることを良い気にたまに頬を赤く腫らしてる。私はそんなお兄ちゃんが大好きだし、両親の事だって好きだ。

「あっ!そのバス乗ります!」

このバスに乗って、6回目のバス停で降りれば私の会社に着く。最初の頃はしょっちゅう違うバスに乗ったな、なんて少し思い出しながら流れる景色を目で追った。


***


「では、朝礼を始めます。」

少し前までは外回りが中心の仕事だった私。最近は、もっぱらデスクワークが多くて足が疲れない代わりに肩が凝るようになった。(ぶっちゃけデスクより営業のが得意だ)

ある願を賭けて伸ばした長い髪をきゅっとポニーテールに結べば仕事モードON。

仕事は好き。上手くいった時は嬉しいし、逆に失敗した時は凹むけど、やりがいのあるモノだと思う。
ただのOLだから、なんてよく聞く台詞だけど、仕事は仕事。私は全力でやりたいと思ってる。まあ、きっとこれも昔から器用に手の抜けない性格のせい。
長ったらしい朝礼が終わり、さあ仕事するぞ!とばかりデスクに向かう。

「みょうじ君、ちょっといいかい?」
「はい」

すぐに後ろから肩を叩かれ、振り返ると上司の鈴木さん。女性雑誌を扱うには向いていない体型と髪型(つまりデブでハゲ)で、お年も結構上だがいつまで経ってもヒラ以上にはなれない人。
まさか今日はこんな早くからお呼び出しされるとは思わなかった。それにご丁寧にデスクにまで呼んで。彼は私が入社当初から気に入らないらしく、何かとつけていちゃもんをつけてくる。あーだ、こーだ、と基本いつもくだらない指摘を延々と説教するので私にとっては面倒意外なんでもない。

「この企画書のここなんだけど、」
「…はい?」

今日は何でしょう、とばかりに差し出された用紙を見て目をパチクリ。

「君はね、こういうミスが多いんだ」

たった「風邪」と「風」の変換ミス。普通誤字脱字だけでデスクまで呼びだす?こんな事してる間にいくらでも仕事出来るのに…!

「はい。すぐに直してきます」
「でも、その必要はない。」

必要ない…?だったら何故誤字脱字だけでこんなに呼びだしたんだ?

「この企画、ボツになったから」
「は?」
「だから使わないの。」

…………な、なにそれ。

「待って下さい!何故使って頂けないのか説明をお願いします」
「説明するもしないも上がそう言うんだから仕方ないだろ?」

仕方ないだなんて。
この企画にどれだけ私が苦労したと思ってるの。どれだけ貴重なオフ潰したと思ってるの。
たかが何百頁ある雑誌のたかが1頁を埋める為の企画だけれど、頑張った結果をこう一言で潰されるのは納得いかない。

「じゃあ私もう一度上に掛け合ってみます」
「そんな必要はない。無駄な事をするな」

このまま何もしないなんて悔しいだけ。それに無駄か無駄じゃないかなんて鈴木さんが決めることじゃない。

…私が、決めることだ。

「やってみてもいないのに私は無駄だと思えませんので。」

そう言ってデスクに放られた企画書を手にとり、睨み付けるように鈴木さんを見る。鈴木さんは「はあ、」と深い溜息を付いて、煙草に手を伸ばした。そして煙と一緒に一言。

「君には呆れるよ」

呆れられたって構わない。ただ自分が思った事をやりたいだけ。

「ありがとうございます。」

そう私は最後に笑うと、企画書を握りしめてエレベーターに乗り込んだ。


- 1 -

*前 | 次#
ALICE+