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「いらっしゃいませー!」

今日は金曜日。いつも通り定時で仕事を終えて、向かった先は都内にある至って普通の居酒屋。店に一歩踏入れれば元気な声色の店員さんにお決まりの、何名様ですか。

「えっと、たぶんもう連れが中に」

それにそう返した瞬間、賑わう店内から聞こえたあたしを呼ぶ大きな声。

「きたか!なまえ、こっちだ!こっち!」

視線を向ければ、そこで満面の笑みを浮かべて手を振る、そう…我が兄の姿。

「お…お兄ちゃん!そんな大声で呼ばないでよ!恥ずかしいじゃん!」
「ほんっとお前は照屋だな。」
「だって幸兄ただでさえ目立つんだから」

みょうじ幸太朗(コウタロウ)。あたしのひとつ上の兄で、今も昔も仲のいい兄妹。

「おう、なんだ兄妹だったのか!美男美女…くぅー!両親も鼻が高いね!」

フロアで立ち話をすれば近くで飲んでいたおじさん(見るからに知らない人)が私達に向かってそう笑った。

「でしょ!?ほんっとマジこいつ俺の自慢の妹でほんっと可愛くて可愛くて仕方ねえん」
「はいはい、わかったから。なんか注目浴びてるし、席つこうよ」

明るくて、頭が良くて、誰にでも優しい兄はあたしの自慢でもある。そんな兄にこんなにも可愛がられているのはすごく嬉しいけど…けど、やっぱりたまに迷惑。
一人暮らしを始める時も1ヶ月泣きすがられて、結局予定が3ヶ月も遅れてしまった事も近い過去だ。
たまに(というか月に2・3回は必ず)こうやってご飯に誘ってくれたり、遊園地に連れてってくれたり(あたしの事いくつだと思ってるんだろう…)。
両親が兄に掛かりっぱなしだった事を兄が一番気にしていて、あたしが寂しい思いをしないようにといつだって気にかけてくれてる。

「じゃ俺、生。ジョッキ大で。なまえは?」
「オレンジジュース」
「そう、オレンジ。あと食べもんは、ここらへん適当に持ってきて」
「幸兄、アバウトすぎて店員さん困ってるよ。あたしが注文するから」

ほっとくとテーブルの上が大惨事になりそう。幸兄ってば飲むばっかりでちっとも食べないくせに、なんて自分が食べたそうな物を適当に選んで店員さんに注文すれば、すぐにドリンクが運ばれてくる。

「「お疲れ様でした!」」

ガチャンとグラスを合わせて、オレンジジュースを口に運んだ。

「幸兄が思いっきりグラスぶつけるから、なんかビールの味する。うえ、まず…」
「俺ら兄妹なのに、なんでおまえそんなに飲めねーの?」
「幸兄が飲み過ぎなんだよ、ああ!ほら一気飲みは禁止って言ったでしょ!」
「そんな弱え肝臓持ってねーよ」
「そういう問題じゃないんだから!」

幸兄は酒豪の中の酒豪で、毎日毎日飲み歩いてる人間。(将来がとっても心配だ)たまに幸兄の友達に偶然街で会うと「こないだ幸太郎と飲んだよ。相変わらずのシスコンだった」なんて言われたり。

「大学卒業できそう?」
「あぁ?ヨユーに決まってんだろ」
「唯子も心配してたよ」
「ん?大丈夫っつとけ。」

ものすごーくバカっぽいけど、実はあの帝大4年だったりするわけ。

「おまえ、男出来てねーだろうな?」
「…う、うん。もちろん」

もちろんこの嘘は2年目。幸兄には悠真と2年前に別れたと言ってるから。

「なら、よかった。悪い男に騙されてんじゃねーかって兄ちゃんつくづく心配してんだよ。おまえは可愛いしな!」
「幸兄がいうほど可愛いわけじゃ」
「そこで!俺は考えたんだよ」

うわー…全然あたしの話聞いてない。こうなるとなに言い出すか全く予測不可能で(突如一週間グアム旅行に付き合わされた前例が…)。びくびくと次の言葉を待つアタシ。

「可愛い可愛いおまえを変な奴に奪われるくらいなら俺が認める奴にあげた方がマシだ、ってな」

この自己中心的兄貴…も、どうしょ。

「ひとり!」
「…え?」
「ひとりいんだよ。こいつは絶対裏切らねーなって男が。」

…珍しい。
自分以外の人間を幸兄がそんな風に褒めるなんて。そして裏を返せば“幸兄は本気”だという事。

「兄ちゃんは、可愛い妹に幸せになってもらいてーんだよ」

そういつもみたいに優しく笑う幸兄に少し胸が痛んだ。
嘘ついてごめん、言えなくてごめんなさい。
そう心の中で謝るのは何回目なんだろう。

「だからな!今日呼んでんだよ」
「………は?」
「そいつを、ここに。」
「ええええっ!?」
「もうすぐ着くはずなんだけどな」

う…嘘。

「あいつボイコットする気じゃねーだろーな。女嫌いなやつでよー誘うの苦労したんだぜ?」

まずい、断じてまずい。きっと幸兄は相手の気持ちなんて確認するはずもなく、むりむり呼んだに違いない。そしてむりむりくっつけられそうな予感。

「あ!きた!きた!」

もう!?…ど、どうしょう!?


「壱ー!こっちだって!」


そして瞳に映ったのは、見慣れたハニーブラウンだった。


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