02
酷く悔しかった。聞いた瞬間、関節白くなるまで握りしめた拳の行き場を探してしまったくらい、ただただ悔しくて。ギリッ、と奥歯を噛み締め眉間に皺を寄せて会議室を出ると唯子に遭遇した。
「大丈夫なの、アンタ?」と聞かれた言葉にいつも通り返して向かったのは屋上へ続く階段。
そしてそこで噛み締めた奥歯を緩めれば、涙が溢れてきた。
「………うす、」
そしてこんな人影のない場所で、壱くんに見られるとは思ってもいなかった。
お得意の誤魔化しで壱くんに背を向けると屋上へ走り出す。少し錆び付いた屋上の扉を開けるとすぐに冷たい風が頬の熱を浚い、涙の跡は妙にひんやり感じた。
「…まいった、なあ」
ぽつり、そんな事を小さく呟いて屋上のベンチに腰掛ける。その時、もう一度聞こえた錆びた鉄の擦れる音。
「…壱、くん」
ゆっくりあたしの座るベンチまで足を進める。そして立ち止まると少し困った表情を浮かべて頭を掻く壱くん。
「あー、…んと、なんか…ごめん」
本当に優しい人だな、なんて少し微笑むと壱くんも安心したような表情をみせる。そして、あたしの座るベンチの空間を指さして。
「…いい?そこ。」
「え、あ…うん。どうぞ、どうぞ」
「…どうも。」
壱くんが座ると同時に微かに軋むベンチ。触れるか触れないかの隣がなんだかくすぐったく感じた。
「それ、どうしたの…?」
「え、…なに?」
「手首、痣みたいなのが」
そう指さされたのはあたしの右手首。一瞬にして変な汗をかいた。
「あ…これは、さっき捻っちゃって」
「…見せて」
「大丈夫だよ!よくするの!あとでちゃんと冷やすから!」
そう逃げるように言って慌てて手首を左手で隠す。その手はこんなに暑いのに微かに汗ばんでいた。
ただ、知られたくなかった。彼の為にも、自分の為にも。
「そっか…、今度は気をつけんだよ」
壱くんのその台詞を聞いて、上手く誤魔化せれた事に少しほっとして息を小さく吐いた。
「…もー、駄目だね。悪い事ってどうしてこうも重なるんだろうね」
「…なんかあった?」
「…知ってるくせに。どーせ唯子が言ったんでしょ?…本当に壱くんは優しいね」
「…俺?」
「うん、絶対選択肢をくれるの。話せば聞いてくれるし、黙ってれば深く追求することもしない。すごく相手の気持ちを考えてるんだなぁ、って思う」
「…そんなんじゃねーよ。俺、あんま人に興味ないから。」
「がーん!もももしかして、あたしの話もどーでもいいよカミングアウト!?」
前から何となくそんな感じはしていたけれど、ハッキリと“人に興味がない”と言われたのは産まれて初めて。
「ただ、なまえさんの場合は」
「…うん?」
…あたしの、場合?
「無理に聞いたら絶対嘘つくもん。しかもすげー小せぇくだらねぇ嘘。」
い…壱くんは、慰めに来てくれたんだろうか?(それとも苛めに来たんだろうか?)
「う…嘘なんて、そんな一度も」
「ほら、また右に目反らした。」
「ふえ…?」
「自覚ナシね、それなまえさんが嘘つくときの癖だよ」
「えぇ!?そうなの!?なんでもっと早く教えて…っ!」
「…認めたね」
「…あ。もしかしてハメた?」
「ううん、それは本当。嘘つくと不自然に右を見る」
そっか、そうなんだ。嘘すら器用につけないなんて。…それに、どうしてだろう。壱くんにはいっつもアタシの弱点を見つけられちゃ上手に隠してるつもりなのに、いっつも見透かされて。
だけどそんな壱くんとこうやって話てるのも嫌じゃなく、寧ろ心地いいくらいなのは…なんでなんだろう。
「あのさ、」
ゆらり、ふわり、壱くんがゆっくりと頭を揺らして空を見上げる。
「悔しいなら悔しいって言っちゃえば?泣きたいなら、好きに泣けばいいじゃん」
つられて見上げた空は、影ひとつない青空。それが酷く綺麗すぎて。
「そうした後、思いっきり笑いなよ」
大きな青空と輝くハニーブラウンの太陽がなんだか眩しすぎて、思わず涙が溢れた。
きっとそれは優しさのせい。
第三章‐スカイブルーな彼女‐
2009/09/20(完)
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