01
「泣き止んだ?」
「…お、う。」

すん、と鼻を鳴らして、少しだけ笑ってみせると、桜庭が酷い顔だと笑った。

「…ここ、桜庭んち?」
「そうだよ。一人だから、気楽にしてね」

あの後、連れて行かれたのはオレんちじゃなく、近所に出来たばかりの高級マンションだった。エレベーターに乗った桜庭は迷う事なく最上階フロアのボタンを押す。真っ白な玄関に、真っ白の壁、天井、家具。泣きすぎて腫れた目には眩しいくらいの綺麗な部屋だ。

「…一人暮らしってこと?」
「そーだよ。両親、姉は今ロスだから」
「ふーん…」

桜庭とまともに話すのは、初めてに近い。わかんねえことばっかりだけど、あんだけ毛嫌いしてたのが嘘だと思うくらい、なんとなく悪い奴じゃなさそうだと思う。

龍太郎から逃げる為について来ちゃったけど、“こんなこと”話せるのは桜庭しかいない。

「はい、これココア」
「さんきゅ、」

渡されたココアは暖かかった。目一杯甘くしてくれたそれがジンと指先から溶かしていく。

マグを片手に真っ白なソファーに座ると、さてと。と言わんばかりに桜庭は口を開いた。

「それにしても、あれは萩野傷ついたと思うよー」

わかってる、そんなこと。

「…すげー恥ずかしかったんだ」
「…恥ずかしい?」

だって、そうだろ。
今まで17年間、龍太郎に男として接して来た。一人称は、オレ。制服も男。スカートなんて、生まれて一度も履いたことがなかった。

そうしてきた、そう、つもり だった。

「……不完全だった、自分が。今まで竜太郎に男の俺で接してきたつもりだったのに、竜太郎の前ではずっと女でいた自分に気が付いて、」

どうしていいのか、わからなくなった。

「ふうん。つまり、萩野を前にして戸惑っちゃったわけだ。女の気持ちを抱く自分と、今まで男だった自分に。」
「…たぶん、そう」

そして、もう戻れないと思った。今まで通り男のふりをするのも、感情に蓋をするのも。

もし、万が一。この先、龍太郎に大事な女ができたら、オレはもうきっと一番の友達として祝福なんてできない。

だったら、どうしなきゃなんねぇのか。そんな答えは、ひとつしかなかった。


「オレ、完全な女になる。」


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