04「でも、やっぱ無理。」
「え、なんで?」
桜庭は簡単に言ったけど、色々考えてみると女の子になるって事は大変だ。なんせもう17年、男として生きてきたんだから。
「だって、オレ…スカートとか恥ずかしくて履けない」
「う…わ、ちょ、」
「…笑うんなら笑えよ」
じろーっと怨むように見ると、桜庭は少し恥ずかしそうに口元を抑えてオレから目を反す。
「笑うとかじゃなくて、…いい!なんもない!」
「…なにそれ、気になるじゃん」
「いい!気にしなくていい!」
心臓を抑え、焦ったように目を反らす桜庭。なんだっつうんだよ。
「(やばいっ!可愛い…ツボった!)」
なんて桜庭が思っていたなんて、オレはもちろん知らず。
「でもわかんねーよ。女の子になる方法なんて。」
「ふうん、そうだな。まずそっからだ。」
なぜか協力体制な桜庭。絶対面白がってるに違いない。けど、こんな事を頼れるのはこいつだけだ。
ベンチに腰掛け、うーんと考えて始めた桜庭を横目に見て、ふと目線を富士山の滑り台に向けると、その向こうに見慣れた影が目に映った。
「…りゅ、たろ」
また心臓が酷い音を立てる。
「ッ、チハル!」
オレの姿を見つけ、走ってくる龍太郎。近付けば近付くほど、自身の心臓は酷い音を立てた。
焦り、不安、恐怖。色んな感情が混ざりに混ざって、動揺する。どうしよう。こんな不完全な自分のままじゃ、竜太郎を前に出来ない。
「…てめ、探しただろーが。」
追いかけてきた為の荒い息を吐き、オレに手を伸ばす龍太郎。それを桜庭が遮った。
「まあまあ、そんな怒んなって」
いつもの様にへらりと笑って龍太郎を宥めようとするが完全に逆効果。
「てめえは黙ってろ。」
凜人を睨みつけ邪魔だとばかりにどかすとオレの目の前に立つ。もちろん、眼光は鋭いままで、酷く苛立っているのが一目瞭然だ。
「さっきの言葉、どういう事か説明しろ」
びくり、とオレの肩が跳ねる。
どういう事か説明しろ?
なんて言えばいい。
お前が好きで、だけどお前は女が嫌いで、だからお前の女になりたいだなんて。そんなこと、口が裂けても言えない。
「そ、れ…は」
喉がからからだ。じっと見つめてくる龍太郎の視線から逃げたくて。
「わかってんだろ。おまえは俺の…」
いうなよ。絶対にいうなよ。
嫁なんて冗談だろ、俺たち親友だろ、そう慰められるのが怖かった。
もし、そんなことを言われたら、自覚した龍太郎への想いを、殺さなければいけない。
もう、そんなこと、できねえよ。
「ッ、オレは!もうちがう!」
違う、そうだ。オレは、もう。もう男して竜太郎の傍にはいることは出来ない。
「オレはチハルだッ!オ、レはもう変わんだ!」
「チハルちゃん、落ち着いて」
「オレは、ッ…も、男になれねー…」
もしかしたら狂ったのかもしれない。違う!と、繰り返すオレを宥めるように凜人が肩を抱いた。
「チハル、ちゃんと」
俺と話しをしろ、と龍太郎が伸ばした指を思い切り払う。一瞬見えた龍太郎の瞳は酷く驚愕して、そして悲しそうに揺れたのに気づいた。それを振り払うように頭を振って。
オレから出たのは、ぽたり。溢れる涙と小さな声だった。
「見たくな、い…竜太郎の顔、見たくない」
だって、そうだろ。こんな不完全で男でも女でもない姿、見られたくない。
気持ち悪いだろ。絶対。今日まで男だったオレが、女みたいな、女の気持ち持ってるなんて。
「…とりあえずさ、萩野帰りなよ。俺がちゃんとチハルちゃん送り届けるし安心して?」
いつの間にか震えていた肩を桜庭が摩るように優しく抱いて言う。
「チハル。」
龍太郎のそんな声は聞こえないふりで
「チハルちゃん、行こうか」
俯いたまま、桜庭に頷いた。ぽた、ぽた、溢れた涙と龍太郎を置き去りにして。
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