飴と鞭の正しい使い方知ってます?







私は登坂さんの笑顔を見たことがない。




いや見たことはあるか、MVとかテレビとかで。



でも私の前で笑っている姿を見たことがない。愛想笑いですら皆無だ。




LDH所属のアーティストさんのヘアメイクを担当して1年。専属のヘアメイクとして雇ってもらえるようになり、最近は特に三代目さんに付くことが多い。メンバーさんにも良くしてもらって、私の好きそうな服を見たとか美味しそうなお菓子買ってきたとかそりゃもうありがたい。


でも1人だけ違う。登坂広臣だけは違う。
私がヘアメイクを担当時だけ明らかにしかめっ面だ。眉間にシワが寄りすぎている。他の人が担当の時は会話もしているのに……。

そもそも顔を見たことすらないかもしれない、彼とはめっきり目が合わない。
挨拶をしても「っす」で返される、これはさすがに業界人として失格なんじゃないかなとまで思う。

それともなんだ、裏方に愛想を振りまく必要はないってか、そうかそうか偉くなったなぁ登坂広臣。相方を見習え、つまらないギャグを言うスタイリストさんにもあの笑顔。素敵だなあ。本当素敵だ登坂さんと違って、登坂さんと違って今市さんは素敵だ。





というか私が登坂さんに嫌われすぎているだけなのかもしれない。








RY「花子ちゃん分かりやすすぎ、顔に出てるよwww」

『へ!?』

RY「別に花子ちゃんのこと嫌ってるわけじゃないと思うよ、照れ隠し?みたいな」

『そんなことないと思いますけど……私の技術不足かな……』







元美容師の登坂さんからしたら駆け出しの私の技術が信用できないとかあるかもしれない。
それとも気に入らない髪型にしてしまっているのかな、俺という最上の素材を台無しにしやがって的な???だとしたら仕方ない…それはもう私が悪いのだから。




なんて考え事をしながら今市さんの髪型をセットしていく、いかんいかん今は今市さんに集中しなくては。
今日は前の仕事が長引いたようで現場入りが遅かったから予定より急がないとだ…





RY「え〜俺は好きだけどな」

『ふふっ、ありがとうございます。今市さんの髪をセットするの好きなので』

RY「そうじゃなくて、臣の」

『登坂さん?』

RY「うん、花子ちゃんがセットした臣の髪型好き。なんかこう〜強そうで!そう、ライオン見たいな!前髪ツンツンってさ!タテガミみたいで!かっこいい!!」

『今市さんwww例えが面白いですねw』

RY「ほんとほんと、かっこいいってみんな言ってる」







それはまあ、嬉しい。嬉しいがすぎる。でも当の本人がお気に召していないのであれば周りの意見なんて………とはさすがに言えない。






『それは…えっと…嬉しいです。というか皆さんでそんな話されるんですね』

RY「よくみんなで花子ちゃんの話するよ〜あっ、臣も」

『えっ登坂さんもですか!?』

RY「うん、むしろ臣が一番話してるかも。花子ちゃんのこと、花子ちゃんが担当だといつも…っと時間やばい!!!」

『あっ本当だ!すみません!!もう仕上がります!!』

RY「急かしちゃってごめんね、」

『いえいえ、はい!出来ました!行ってらっしゃい!!』

RY「ありがとう!良い感じだ、行ってきます」








爽やかな笑顔でお礼を言い颯爽と現場へ向かう。うむ、かっこいい。
今日は新しいアー写の撮影のため一人ひとりの撮影が多いみたい。
片付けを済ませ手が空いたので少し現場を覗きに行けばさっきまでニコニコしていた今市さんがかっこよくポーズを決めて撮られていく…キラキラしてる……。



幸せだ。こうやってアーティストさんを輝かせるお手伝いができて。







「ねえ、今日隆二のセットしたのあんた?」

『はい、担当させていただきました山田で…す……』






撮影を見学していたら突然後ろから声がして、名乗りながら振り向けば奴がいた。
今日もめちゃくちゃ眉間にシワ寄ってますね……








「チッ、時間ギリギリ。もっとしっかりしろよ、プロだろ」

『っ……』







そりゃそうだ、時間を守ることはプロとして当然だし、余裕をもなく撮影を始めた今市さんは大変だったはずだ。いくら入りが遅れたからと言ってそれを調整できなくてどうする。私は今市さんの優しさに甘え過ぎている……。
分かっていてもいざ言葉にして言われると胸に刺さって、言葉が出てこない。


目頭が少し熱くなる…泣くな泣くな。ここで泣いたらそこまでだって思われてしまう。歯を食いしばれ、






『もっ…申し訳ございませんでした。今後はこのようなことがないよう自覚を持ち担当させていただきます……。失礼しましたっ……!!』

「ちょっ…!!」







言い終わってすぐにダッシュで現場から逃げて控え室に戻った。何かいいかけていたのを無視して走ってきてしまったけど頭は下げた、私に冷たい登坂さんのことだきっとこれ以上干渉はしてこない。

しかし当て付けみたいに言ってしまったかな。そんなことないか、きっと。普通に謝罪をしただけ…

さっきまで耐えていた私の涙腺もついに決壊してしまい大粒の涙が流れる。ああもう、仕事で怒られて泣くことだけはしたくなかったのに……。でも今は誰もいないし、少し、少しだけ






ガチャッ







NT「ただいま〜花子ちゃんじゃん〜〜おじさんと遊ぼ……ってどうしたの!!!!何があった??」

『あっ…直人さん……あの、えっとこれはその………目にゴミが入って!!』

NT「嘘はダメだよ、直人さんの目はごまかせないぞ!」





そう言って頭にポンっと手を置いて「俺で良かったら話聞かせて、」と優しく撫でてくれた。そのおかげで私の涙もおさまって、ヘアメイクが時間ギリギリになってしまい注意されたことを話した。登坂さんの名前は隠して、





『もちろん私が悪いのですがなんだか…少しだけ辛くなっちゃって…すみません』

NT「花子ちゃんは謝らないでよ!今日は仕方ないよ、現場入り遅れちゃったもん。ごめんね」

『いえ…それを知りながら調整できなかった私の技術「ああもう!これ以上自分を責めないの!それに遅れたことは臣がちゃんと説明してたから!」

『え……登坂さん…が……?』

NT「うん今回遅れたのは自分たちの入りが遅くなったからで花子ちゃんは悪くないよ〜って。まあいつもなら俺が謝るとこなんだけど、珍しく臣が自分からスタッフさんに頭下げてたよ」


『そんな…登坂さんが…なんで……』


NT「何でって…ヘアメイクが長引いてるせいだろ!ってスタッフさんが少し怒ってたから。臣ちゃん、いつも頑張ってくれてる花子ちゃんに責任押し付けたくないって….あれ、でも結局花子ちゃんが注意されちゃったのか…ごめんね」


『っ……!!』







私がスタッフさんに怒られないように謝ってくれた…?

じゃあさっき登坂さんが怒ったのは……、今後同じことがあってもスタッフさんに怒られないように対応できるよう努力しろってこと…?なんかもうそれは…







『言葉足らずすぎる……』

NT「えっ直人さんなんか分かりにくいこと言っちゃった??」

『あっいや、直人さんではなくて…』

NT「そうだそうだ、これ!あげる」





そう言って直人さんは自分の衣装のポケットから何かを掴んで私の手のひらに握らせる。握られた手を開けば、飴玉が1つ。イチゴ味。





『これ…私の好きなやつ!』

NT「そっか、そりゃ良かった」

『これ好きでよく食べてるんです、ありがとうございます』

NT「そうなんだ、そうか…あいつ良く見てるなぁ……」

『??』

NT「この飴、









臣が花子ちゃんに渡してって」








じゃあ俺そろそろ撮影戻るわ!泣きたくなったら直人さんの肩貸してあげるからね〜とか何とか言って部屋を出て行った。けどもうそのほんの10秒前の直人さんの言葉すらあやふやだ。




あの鉄仮面登坂広臣からイチゴの飴玉を貰った(直人さん経由だけど)。
私のミスと思われないよう謝ってくれた(直人さんが話を盛っているかもしれないが)。
今後注意されないよう努力しろと助言までくれた(私の解釈が正しければ)。





嬉しい、嬉しくてまた涙が出てきそうだけどこれ以上泣くわけにもいかない。貰った飴玉を口に入れるといつもイチゴ味が広がる。やっぱり好きだこの飴。



でも何で私がこれ好きって知ってたんだろう、







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