タテガミを整えさせていただきますね
大忙しだ。昨日なんか午前中は雑誌の撮影3本、午後はテレビ収録2本、夜はラジオ収録…。毎回担当させてもらっていて、大変だけど忙しいのはありがたい。
そんな毎日が続くのにメンバーの皆さんは楽屋でも笑顔で、挨拶や片づけどこまでも良い人だ。こういう素敵なアーティストさんのお手伝いができるのは幸せだ。
山本「花子ちゃん、そろそろメンバーさん来るから準備しておいて!!」
『はい!』
普段は一人でこなすことが多いけど、今日は新曲のPV撮影でいつもより人も多いし気合も入っている。少しでも待ち時間を減らすためにと山本先輩と一緒に2人で担当する。
山本先輩はまあ上手いし早い。メンバーさんもみんな信頼を置いていて…負けないようにしないと…。
NT「おはようございます〜よろしくお願いします〜」
RY「おお!!今日は山本さんと花子ちゃん2人か〜俺どっちにやって貰おうかな〜」
TN「俺花子ちゃん!!やっぱり若さが…山本「おいっ!!www」
TN「っと山本さんも若いっすすみませんwww」
NK「今日もよろしくお願いします」
KR「よろしくお願いします〜」
『こちらこそ、よろしくお願いします!!』
EL「花子ちゃん髪色暗くした?良いね、似あってるよ」
『そうなんです!気づいてくれるなんてさすがELLYさんです!!』
EL「まあ花子ちゃんのことはよく見てるからねえ〜」
RY「え〜俺は前の方が好きだった〜、まあ暗いのもいいけど…ね、臣!!」
「」
ほら、やっぱりみなさん素敵だ。ただの一スタッフの私のこともこうやって気にかけてくれて、本当に良い方だ。
一人を除いて。
別に声をかけてほしいとか、そういうわけではないけれど。挨拶くらいしてくれても良いのではないかと思いますよ、はい。
この前私が怒られないように謝ってくれたり、飴玉をくれたりと「あれ?いうほど嫌われてないのでは?」と思いましたがあれ以降も全く関わりがありません。
あの出来事はすべて直人さんが嘘をついたんじゃない?ってくらいいつも通りの登坂さんです。
スタッフ「まずは個人からなので、パフォーマーの皆さんから先に準備お願いします」
『了解です』
山本「じゃあ花子ちゃん分担して頑張ろう」
『はい、えっと…』
TN「よろしくね」
山本「岩田さん早いなww」
NT「じゃあ俺は山本さんお願いします!」
よろしくと言って椅子に座って、さあどうぞ!と身構える岩田さんはなんか可愛い。
岩田さんとは年も近くて良く話す。というか基本登坂さん以外のメンバーさんとは会話が成り立つ。
『新曲良い感じですね〜PV撮影も気合入りますね!
TN「ねえ〜さすがうちのボーカルさんはすごいっすよ。」
RY「やった〜ありがとがんちゃん」
TN「めっちゃ気合入ってるからいつもよりかっこよくしてね!」
『はいはい、』
TN「おっ、良い感じ〜ありがとうね」
岩田さんのセットも終わり順に進めていく。山下さん、ELLYさんのセットが終わると山本先輩は今市さんのセットを始めていて…あれこれ私が登坂さん担当する感じですか?大事なPV撮影の日に私のセットで良いのかな…よくないか明らかな不機嫌オーラが漂ってる…。振り向かなくても解るぞこのオーラ…。
でもまあ他のメンバーさんもいるしそんなに気まずいわけではないし平気だよね、うん。なんて思っていたらちょうどスタッフさんがパフォーマー陣を呼びに来て、
NT「ではお先に行ってきます〜」
KR「セットありがとうございました〜!!」
ああああ…私の心の癒しが…。でも今市さんも山本先輩もいるし!今市さんと居る時の登坂さんはなんだかふんわりしてるし平気だろ!!
山本「よし、今市くん終わり〜っと私ちょっと撮影の様子見てくるから登坂君のセットよろしくね」
『え…』
山本「今市くんも登坂くんも衣装に着替えといてね」
RY「ふふ!俺も臣も着替えてます!!ジャケットはおるだけ〜はい!俺も撮影見てきます〜」
え、ちょっとちょっと待って…山本先輩だけでなく今市さんまで…いやこれ登坂さんと二人きりって…。
気まずすぎるやつ…。
RY「臣、良かったな〜」
「チッ、」
RY「花子ちゃん、臣の髪型ねいつものツンツンが良いって!じゃあ」
『あっ…』
そう言い残して颯爽と楽屋を出て行ってしまった…。いやでも仕事だ。とりあえず登坂さんのセットを秒で終わらせよう。
『あの…』
「ん、」
「ん、」ってそれだけ言って椅子に座る。相変わらずしかめっ面で不機嫌オーラ全開…。
『えっと…髪型どうしますか…?』
「……」
無視ですか。会話もしたくないですか。いいや今市さんはああ言っていたけど、いつも山本先輩がやっているパーマにしよう。きっとあれの方が登坂さんも好きだろうし。
っと…ワックスないや、新しいのは…衣装台下の段ボールの中か。
わあ今回の衣装ももかっこいいな、似あいそう…まあ登坂さんは何着ても似合うか。なんて一つ残されたジャケットを見て思う。
ワックスを一つとり立ち上がれば髪に違和感。
ん?
良く見れば衣装のボタンと私の髪が絡み合ってる。漫画かよ。ワックスを置いてほどこうとしてもなかなかほどけない。これはどうしようもないやつだ…。
仕方ない。
『あの…ハサミ、取ってもらえませんか…』
「は?」
『えっとその…衣装のボタンに髪が絡んでしまって…』
「ハア……」
めっちゃ深いため息聞こえた。やっぱりボーカリストのため息は違うななんて心の中で笑ってみる。
それでもちゃんとハサミを渡してくれて、これまた不機嫌そうだったけど。
ありがたく受け取りボタンに絡まっていた髪を切る。
「はあ!?あんた何してるの!!」
『何って…切っただけですけど』
「だからなんで自分の髪切ってるわけ」
『そりゃ…衣装切るわけにもいかないです、私の髪は別に…あっ、ちゃんと切った髪は片づけるので!!』
「……、はあ…、バカなんじゃねえの」
んなこと言われましても、今は私の髪より衣装の方が大事でしょ。てかこんなに大声を上げている登坂さんは初めて見ました。珍しい。
にしても後で美容院行かないとな…。
「ボタンくらい縫い付けられんだろ、髪は…」
『ああ、それもそうでしたね、』
そうかボタンは切り離してもまた縫えばいいのか。そんなこと頭になかった。
「ほんと…はあ…」
凄い。一日だけで、いやこの10分くらいでため息数過去最多です。というかこんなに会話したのも初めてです。
記録更新です。
「おい…」
『はい?あっ、セットですね、すぐ始めます』
「座れ」
『は?』
「ん」と顎でさっきまで登坂さんが座っていた椅子を指す。私に座れと?何故…??
と考えていたけど早くしろと睨みつけられた気がしたので逆らいません。いやほんと何でだ。
『あの…登坂さん…?』
「うるせえ」
そう言って私の肩に何か布がかけられる。あれこれ…
『これ登坂さんのジャケットじゃ…』
「だからうるせえ、黙ってろ」
何が起きているのか全く分からない。全然話していないのに「うるせえ」といわれるのは通常運転な感じがするけど、いつもなら何を話しかけても基本無視だ。うるさいと言われることすらない。
その上なぜか椅子に座らせられ、肩には登坂さんの私服のジャケット。
こりゃなんだろうと考えていれば、私の髪をくしでとかす。
『え、あの…』
「……」
これだこれだ。登坂広臣と言えばこれだよ。
じゃなくて!!髪をとかしたかと思えば私がさっき髪を切るのに使ったハサミを持って切り始めた。
『なんで!?』と言いたかったけど無視されるのはわかってるので黙る。
でもおかしくないですか、普通に。アーティストさんにヘアメイクが髪を切られている…。
これ誰かに見られたら何か誤解されるよな…何の誤解だ。全部が意味が解らないぞ、夢??
そうだよこんなはちゃめちゃなの夢に違いない!!ほっぺをつねれば、
『痛い…』
「……、夢じゃねえよ」
『ははっ…ですよね〜』
いつの間にか髪を切り終えて、鏡を見ればさっきザックリ切り落としたとは思えないほどきれいに整っていた。さすが元美容師…。
ありがたい、これで美容院に行く手間が省けました。なんてやけに冷静に考える。
あれ…髪に残る謎の違和感。なんか人にずっと撫でれているような…。
え、登坂さんが私の髪を撫でている…?それもまあ今まで私に向けていた表情ではなくて、なんかこう。優しい。
『あの…登坂さん…?』
「良く髪色変えてるくせにきれいじゃん、ちゃんと手入れしてんだね」
嬉しい。初めて登坂さんに褒められた…。髪を褒められてこんなに嬉しいのは初めてかもしれない…。
なんか照れるな。あ、ちょっと顔赤くなっちゃった。恥ずかし。
『ど…どうも…。あっ、髪ありがとうございました…!!』
「ん、」
『あっと…あの、飴も…登坂さんがくれたって直人さんが、』
「別に…。俺は前のミルクティーアッシュの時が一番好き」
『え…それ結構前ですよね、なんで覚えて…
「うるせえ、おい。どけ、早く俺のセットしろ」
『あっ、はい!!』
あれ、うまく会話ができてたと思ったけど…いや上手くかみ合ってはなかったけど。急にいつもの登坂さんに戻ってしまった。というか結構前の髪色まで覚えていてくれてる…。ミクティーアッシュは私には似合わないか後すぐ変えてしまったのだけど…。戻そうかな。
私が椅子から立ち上がれば、登坂さんは私の肩にかけられたジャケットを取り、髪を払い椅子に掛けて座る。
『あのジャケット、クリーニング代払います』
「いらねえから」
『でも…』
「早くしろ、いつもの」
いつもの…。
「チッ、いつもおまえがやってるだろ」
『ツンツンの…』
「それ」
『あれでいいんですか…?気にってないですよね…?』
「はっ、んなこと言ったことねえし」
そりゃ言われたことはないけど…。良いとも言ってくれないからわかんないって…。
いろいろ思ったけど、登坂さんの髪をセットしていく。あれ…なんか耳赤い…?って気のせいか、でもいつもと違うような…。あっ、ピアスがいつもと違う。
『ピアス変えたんですね。可愛い…』
「……」
『あっ、すみません。もう終わります』
会話が成立することもなく、今市さん曰くライオンみたいな前髪ツンツンにセットを終える。うん、やっぱりこっちの方が私は好きだ。
『終わりです、お疲れ様でした』
さてさて、こっちを片付けて先輩の手伝いに行こう。ワックスやらハサミやらを片付ける。
登坂さんは鏡を見ながら確認して立ち上がって衣装のジャケットを羽織る。流石似会う…。
そして楽屋を出て行こうとする。いつも通り何も言わずに。
「なあ…俺のこと嫌い?」
『は?』
「聞こえてんだろ、答えろ」
楽屋を出る前に足を止めたから珍しくお礼でも!?と思ったらなんだ、てか「嫌われてる?」って…そりゃ…
『まあ嫌いではないです…』
普段は尊敬には欠けるけどアーティストとしては尊敬してるし…。
「そっか、」
えっとあの、なんでまたそんな不機嫌そうな顔…。もしかして嫌いっていった方が良かった!?ますます登坂さんのことがわからない…。
なんて考えていたら登坂さんが近づいてきて、
「これ、」
『え…?』
「やる」
何かを手に握らされて、開いてみればさっきのピアスが一つ。驚いて登坂さんの耳を見れば左耳にだけ同じピアスがついている。
つまり登坂さんとお揃い…。
「気に入ったんだろ、」
『でもこれ…!!』
「なんで、お揃いだから嫌?」
『いや…嫌じゃない…』
「はっ…」
タメ口になっちゃった、と登坂さんの顔を見れば。あれ…笑ってる…?
と思ったらすぐにハッとしていつものしかめっ面に戻る。
そして無言で歩いて言ってドアに手をかけてまた振り向く、
「……セットありがと、あと…髪ごめん。じゃあ」
あの鉄仮面登坂広臣が私の髪を切って、ピアスをくれて、ありがとう…?
やっぱりこれ夢だよ。ほっぺをつねれば、
『痛い…』
「夢じゃねえよ」の声が聞こえなくて少しだけさみしかった。
←- 2 -*前次#ページ:
ALICE+