お気に入りの場所がある。
彼のベースキャンプは時々で場所が変わるが、必ずその近くにハンモックを掛けてくれるのだ。
そこは木漏れ日が気持ち良く、花が咲いているーーもしくはわざわざ植え替えてくれていたりするーーそんな場所が誂えてある。
今日も今日とて招待された私は、お気に入りの小説を一冊持参してゆったりと風に揺られていた。
ページを捲る指先にてんとう虫が止まり、思わず笑みが溢れる。ふと、甘やかな香りが鼻先を擽った。
「名前」
甘く響くバリトン。名を呼ばれ振り返ると、揃いのマグを持った恋人が立っていた。
「理鶯さん。わ、良い香り……もう仕込みは終わったんですか?」
「あぁ。素材の下拵えは済ませてきたからな、今日のディナーは楽しみにしててくれ」
言いつつマグが差し出される。中を覗くと淡い琥珀色が微かな波紋を立てていた。
「新しいハーブを使ってみたんだ。貴女好みに合わせてある……口に合うといいが」
少しソワソワと視線を惑わせる理鶯からマグを受け取り、口元に運ぶ。途端広がるカモミールとベリーの香り。少し混ざっているのはエルダーフラワーだろうか。すっきりとした味わいに自然と頬は緩んでいた。
「美味しい、これ凄く好きな組み合わせです」
「それは良かった。お邪魔しても?」
ホッとした表情になった理鶯は目配せをして首を傾げる。元々大きめのハンモックだ。了承の意を込めてブランケットを捲ると、大きな体躯がゆったりとした身のこなしで隣に潜り込んできた。つむじにキスのおまけ付きだ。途端崩れるバランスに思わずきゃあと悲鳴が上がる。
「大丈夫だ、落ちはしない」
「ふふ、ブランコみたい」
ゆらゆらと揺れるハンモックは徐々に落ち着きを取り戻して行く。どさくさに紛れて繰り返されるバードキス。擽ったさに身をよじれば、逃さないとばかりに腕を回され抱き寄せられた。降参だ。
抵抗を止め見上げた先、とろける様な笑みを見せる二つの海に射止められる。愛しいレッドジンジャーの天辺に、てんとう虫がダンスをしながら降り立った。
お気に入りの場所がある。
ゆうらり揺れるハンモック。ふわふわの朝焼け色、透き通った海の碧、大きく暖かな腕の中。
大好きな、私の陽だまり。