02. No boys allowed!


(男子禁制!)


「ついに名前にも春がきたかぁ」
 クルクルとグラスに刺さったマドラーを掻き混ぜながらそう零したみきこは、ショートヘアを耳にかけるなりにんまりと笑いながらこちらに詰め寄ってきた。
「で、どこまでいったの?」
「キ、キスはしました」
「してなかったらびっくりだわそんなもん」
 びしり、と鼻先に指を立てられ思わず仰反ると、反対側に座っていた佑にぶつかってしまった。
「わ、ごめん佑ちゃん」
「ん? あぁいいよ」
 黙々とクッキーを食べていた彼女は事もなげに視線を寄越した。女性ながら長身で見事に鍛えられた身体はぶつかったくらいじゃびくともしなかった様で、食べる?と口元に摘んでいたクッキーを差し出してくる。素直に齧れば、サク、とした食感の後にスパイスに混じってダージリンがふわりと広がる。試作品の出来は上々の様だった。
「ハグも、しましたもん」
「するでしょそりゃ、セックスしたかどうかを聞きたいんでしょみきこは」
 やーんえっち!と態とらしく小首を傾げるみきこの口にも同じ様にクッキーを詰め込んだ佑は、ブラックコーヒーを手に取り、こくりと飲み込んだ。
「あんま痛くなかったから大丈夫だよ」
 カタカタと震えるこちらに気付いたのか、天気の話をするかのような調子で続けられる爆弾発言。思わずティーカップを取り落とすと、ほっと声を出した佑に難無くキャッチされてしまった。
「え、何、待って、佑ちゃん……??」
「おっ! もう結ばれた? 結ばれた??」
 三者三様ならぬ二者二様の視線を受けた佑は、珍しく照れた様に髪をかき上げ、意味深に笑ってみせた。
「後おこちゃまなのは名前だけだね」
 肩を組み耳元で告げられた言葉に思わず悲鳴が喉から出る。みきこはみきこで別の悲鳴を上げていた。と、両側から二人に手を当てられ耳を塞がれる。
「何、なんで塞ぐの聞こえないんですけど!」
「どこで?いつ?何回?」
「やたら高そうなホテル、付き合って一ヶ月くらい、まだ二回かな」
「え〜〜いいな!!どうだった?」
「ねぇってば!」
 頭上で交わされる不鮮明な会話に唇を尖らせれば、パッと外された手でよしよしと撫でられる。
「め、だよ!おこさまにはまだ早いの」
 みきこの言葉にカカっと笑った佑はクッキーのお代わりを所望してきた。むすっとしながら焼き上がりの残りを山盛りにすれば、嬉しそうに次々と伸ばされる手。
「私佑ちゃんより二個も年上なのに……」
「処女に聞かせるには刺激が強いお話なんです〜」
「しょっ……」
 力加減を間違えたせいで手元のクッキーが砕ける。ぱらりと紅茶に沈んでいくカケラ達。
「じゃあ聞くけど、付き合ってどんくらい?」
「誕生日なので……そろそろ一ヶ月です」
「頃合いじゃん」
「頃合い」
「みきこどんくらいだった?」
「ウチは初めてじゃないから参考にならないかもだけど、二週間」
「ニシュウカン」
「私のとこは一ヶ月くらい。それでも大分待ったのかもだけどね」
「あぁ〜。天国さんモテそうだもんね」
 鸚鵡返ししか出来なくなった私を置いてそのまま会話は進んでいく。何、大分待ったって何。一ヶ月って。混乱しつつも学生時代恋バナについて行けず歯痒い思いをした頃を思い出し、つい視線が地面に下がる。再び頭を撫でられ顔を上げれば、思ったより情けない顔をしてたのだろう、二人揃って吹き出された。
「あーよしよし。ごめんごめん、二人には二人のペースってものがあるもんね」
「毒島さん優しそうだもんねぇ。後デカそうだし」
「あの体格でハーフなら規格外でしょ」
 ウンウンと頷き合う二人の会話が読めずはてなが浮かぶ。
「ま!大事にされてるんだよ」
 ニカ、と笑った佑に頭にぽすりと手を置かれる。うんうん、と頷くみきこは優しい眼差しをこちらに向けていて、誤魔化された様な気もしなくもないけど、まぁいいかと砕けたクッキーを口に入れた。
 
 二人が帰った後、届いた資材の開封作業をしていると、カランとドアが開く音が聞こえた。
「すみません、今日はお休みなんです……って、理鶯さん!」
「む、すまない。サインプレートが下がっているのは見えたんだが、明かりが漏れていたのでな。邪魔をする気は無かったんだ」
 心なしか眉を下げ、ただ貴女に会いたかったと告げられれば、拒否する理由なんてなく。緩む頬をそのままに嬉しいですと素直に告げれば、良かった、と頭を撫でられた。
「あ、そういえばさっきまでお友達がきてまして。新しくブレンドした茶葉がまだあるんですが、良かったら如何ですか?」
「それは良いな。是非頂こう」
 言いつつ喫茶ルームのドアを開けた途端、ふわりと漂う香ばしい匂い。甘くスパイシーな香りにつられる様に、先程までの会話が鮮明に脳裏に蘇ってきた。どこまで。一ヶ月。頃合い。
 ぶわりと汗が滲み出る。ドアを開けたまま固まっている私を不思議に思ったのか、名前?と問いかけてくる低く優しいバリトン。その響きにすら過剰に反応してしまいそうで、逃げる様に急いでカウンターへと駆けて行った。
「すっ、座って待っててください!今お出ししますね!」
「あぁ……大丈夫か?随分落ち着かない様子だが」
「いえ全然そんなことは全く!ちょっとこの部屋暑いですね……!」
 背を向けて準備をしている間に、彼がこちらに近づいてくる気配を感じる。待って今は、どんな顔して話せば良いのか。キャパオーバー寸前に迫った時、突然それは目の前に現れた。
「く、ま……?」
 もふり。何かが頬を押す感触に振り向けば、彼と同じレッドジンジャーの毛並みが愛らしいテディベアがそこにいた。埋め込まれた、蒼く輝くビー玉のような瞳と目が合う。
「可愛い……!」
 心を奪われ思わず手に取れば、テディベアは見慣れた迷彩服を身に纏っていた。
「ふふ、気に入ってもらえただろうか」
「とっても可愛いです……!どうしたんですか?これ」
「この間街で見かけてな。寝つきが悪いと言っていただろう、柔らかいものに触れれば良く寝れるかと思ってプレゼントしたかったんだ」
「ありがとうございます、理鶯さんにそっくりで嬉しい……!ふふ、軍服姿のテディベアがあるなんて」
「あぁ、それは小官が作った」
 作った?きょとんと彼を見れば少し誇らしげに胸を張る彼。少し前まで着ていた軍服がダメになってしまってな、と続けられた言葉通り、彼が着ているものと全く同じ素材の様だった。ご丁寧に右脚に巻きついた赤いバンダナまでお揃いだ。
 にしても、ふふ。2m近い大柄な彼がこの小さな服を作ったかと思うと、アンバランスさに思わず笑顔が零れてしまう。
「凄いです、本当に嬉しい」
「喜んで頂けた様で何よりだ」
 いつも通りの貴女になったな、と、嬉しそうに言われまた先刻の記憶が蘇りそうになるが、ふわふわを抱き締めることで何とか押し込める。本当に肌触りが気持ちいいなぁ。すりすりと頬擦りをしてしまう。
「これで、理鶯さんに会えなくても寂しくないです」
 そうだ、りおうくんって名前にしようかな。テディの額にキスを落とし浮かれた気持ちでそう呟けば、ふわりと抱き締められる身体。見上げれば、拗ねた様にこちらを見つめる二つの蒼。
「それは困る。……貴女の理鶯はただ一人、小官だけだ」
 いつもいつも、心臓に悪すぎる。甘く囁かれる言葉は痛いくらいに鼓動を早め、トドメとばかりに額にキスを落とされれば、こくりと頷く他なく。
「ん、良い子だ」
 再び唇が降りてくる気配に思わずテディを押し当てれば、同じ色の毛並みに埋まりながら、むぅ、と不服そうに唸る彼。
 お返しです、と笑って腕を抜け出しブレンドティーを淹れる準備に取り掛かった。
 
 その日の晩。寝室に新たに仲間入りした可愛い相棒を抱きしめる。ふわりとした触り心地のそれは、包み込む様に眠気を誘ってくれた。今度お願いして彼の髪を触ってみようか。きっとどちらもふわふわだ。
「おやすみなさい、理鶯さん……」
 夢か現か狭間の世界で、あぁおやすみ、と彼の声が聞こえた気がした。





- 2 -

*前次#

ページ:


戻る

topへ