夏の生ぬるい風が気休め程度に緑間の汗を冷やす。
青峰からの連絡は部活開始後に来ていたのだが、如何せん緑間はあまり携帯を持ち歩かないため、確認したのは部活が終了してからだった

携帯はそう小まめに見ないが、自主練習に入る前に家や友人から緊急の連絡が入っていないかを必ず確認している。
家族からの頼まれ事がメールできていることもあれば、かつての仲間でもあり妖怪としての繋がりも強い彼らから連絡がきていることも多々あった

特に赤司は折り返しが遅れると五月蝿い。普段は穏やかであるし紫原に対しても寛容なところを見る限りせっかちではないのだが、返信を要する事となると我慢がならないらしい

表示されていた名前は青峰。
意外な差出人に少し瞠目する。
バスケ部の面々で待ち合わせをしていて、彼が場所や時間を忘れた時などは真っ先に緑間へ連絡が来ていた。
しかし今回はいつもの世話係のようなものではないらしい


「───は?」


大きく目を開いて、携帯の画面に向かって疑問の声を投げた。
宮地や木村が怪訝な目で見てくるが特に突っ込まず、各々自主練習を開始する

ふと何か感じとったのか宮地が鼻を鳴らして端正な面持ちを顰め、嫌なニオイだと呟く。
呟きは誰にも拾われず、ハッと意識を戻した緑間はクセで壁にかかっている時計を確認し、慌ただしく着替え出て行った


「なんだあいつ」
「さあ。用事でも忘れてたんじゃないのか?」
「あいつに限ってあるかぁ?ククク、もしそうなら明日からかってやろ」


あまりいじめてやるなよと苦く笑う木村と意地悪い笑みを隠しもしない宮地に、高尾は明日の緑間を憂いた


─何があったかしんねーけど、明日宮地サンに弄られるだろうな…


翌日高尾の懸念は的中し、火の粉は彼へと大いに降りかかる




名前と緑間は少しづつ少しづつ一年の隙間を埋めるように、話に花を咲かせた。
人見知りであまり対人を得意としない名前も、落ち着いている緑間相手ならそこそこ話せる

彼女が緑間を信頼しているのは、一番に黄瀬が要因だ。
中学三年の時に起こった出来事について、黄瀬から事情を聞こうとすれば連れて来られた緑間。
マイペースな黄瀬にすっかり乱され困り果てていた名前に、的確且つ丁寧に説明をしてくれた彼は、彼女からかなりの信頼を得たのだ


「まさか俺に会いに来てくれるとは思わなかったのだよ」
「えっなんで?」
「名字は赤司によく懐いていただろう?」


緑間としては、連絡はあれども直接会いに来るとは思っていなかった。
赤司にはあらかじめ彼女の記憶が戻ることを告げていたし、あの男ならば何かしらの行動をとって誰よりも早く名前との再会を果たすと思ったから

そうなれば赤司が記憶を失っていた経緯を話すだろうし、わざわざ自分に会いに来る理由は見つからない

彼女の話を聞いてみれば、全員にきちんと顔を見て礼を言うため連絡はしていないらしい。
相変わらず真面目だ、と若干呆れるも、これこそが人事を尽くすという事だと敬服する


「…?どうかした?」
「名字がそうやって俺たちのために人事を尽くしてくれることは、すごく喜ばしいことなのだよ」


果たしてコレが人事を尽くすということに該当するのか疑問だ、と名前は首を傾げる。
でも軽く頭を掠めた大きな手が、穏やかな眼差しがあるから、まぁいいかとも思えた


「みんなのためならどんな人事でも尽くすよ」


ああ、また彼女は簡単に媚薬を与える




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