桃井さつきという名前は、桐皇にいたら必ず耳にする。
桃色の髪と瞳、出身中学、部活、マネージャーとしての能力とどれをとっても特別だから。
名字名前という人間は、普通の人から見れば特筆すべきものはなく当たり障りのない人物だ。
魅力としてあげるならば、彼女の桜の散るような儚さが、やけに惹きつけて離さないというところはあるが。
ただそれも、普通の人からしたらの話だ。
普通でないモノからすれば、欲しくて欲しくて堪らない、はたまた美味そうに見えてしょうがない瞳と力の持ち主だ
ーそう、妖怪にとっては
「青峰君またいた」
「あー…んだよ、多いな」
「バスケ部もインターハイ出場決めたし、ああいうのが出やすい雰囲気だからね」
黒い靄がふよふよ人の周りを飛んでいる。アレの発生源は人の妬みや憎しみだ。
以前なら放っておいたけど、今は見かけたら祓う。
祓わないと力を持つ名前ちゃんに狙いが向いてしまうから
「あ、名前ちゃん」
噂をすればなんとやら
体育終わりらしくジャージを抱えて歩いている
くん
嗅覚を研ぎ澄ませて嗅げばやさしく彼女の香りが舞う。
懐かしくもあるが、今だ慣れず香るたびに胸が跳ねるものでもある。
甘い花と蜜の大好きな香り…おいしそうでうっとりする
ああ、今は運動後だから薄っすら汗の匂いも混じってるな
「お前ホントその癖やめろよ。変態クサイ」
「うるさいなぁ。だって名前ちゃん本当にいい香りなんだもん。青峰君だって嗅いだことあるでしょ?」
「あー、匂いに関しちゃわかるけど。けどさすがにお前のソレは気持ち悪ィ」
青峰君は私よりも鼻が格段に効くせいで普段からあまり人の匂いを嗅がない。
以前ケンカした時、苛立って嗅覚びんびんにした青峰君に向け、部活で使用後のタオルを鼻に押し付けたら気絶した
「やっぱり寂しいな…何にも覚えてないんだもん、ね」
柔らかい髪が彼女の動きに合わせてしなやかに流れる。
紺青の輝きがこちらに気付くことはない
私の独り言に青峰君は反応しないけど知ってる。寂しくないはずないんだ
嫌な顔ひとつせずに受け入れてくれてあたたかい笑顔をくれて、そしてありがとうって、まっすぐに伝えてくれる。
当たり前のことかもしれないけど、私達にとって同じ妖怪じゃない人間からそういう扱いを受けることは特別なの
「ね、今度誘ったら一緒にお昼食べてくれるかな?」
「…知らねーよ。まぁお人好しだし断らないんじゃねーの」
知らないとか言っちゃって、青峰君も名前ちゃんのこと気にして見てるんじゃん。
直接話したことなくても、みんなの名前ちゃんのことを話す嬉しそうな顔見てたらそうなっちゃうよね
大好きな香りに混ざる幽かな妖狐と確かな天狐のニオイ
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