2016/11/02 Wed
時間を生み出す


IT系のお仕事をしているが、業務のあれこれで、発達障がいについて研究している先生の話を聞く機会があった。


自分が部屋にいて、とんとん、と何かを叩く音が聞こえたとする。一度目は何だろうかと気付くのみだとしても、それが二度三度と続くことで、一度目と繋げて考える。一度目の物音は切り離された過去の一動作ではなく、何度も同じ物音がしているという認識になる。

私たちは誰に教えてもらったわけでなくとも、そのように自然に解釈する可能性を抱くことができる。けれど、発達障がいと呼ばれる子どもたちの中には、そのように自然に解釈できない人もいる。一度目と二度目と三度目の音はぶつ切りのものであって、そこに関連性があることを想起しない。

関連性があると思うからこそ時間が作られる。過去から続く系譜を見出すことができて、その意味について考えることができる。意味を想像することが自我の芽生えに繋がる。


ゼミで哲学を学んで、人間は視点を向けないどこかで自動的に何かを進めているところがあって、意識しなければ一生気付けないままだと知った。私は今まで上記のような視点をもっていなかったから、そういうことを私は自然におこなっているのだなと初めて知った。

自動的におこなう物事を、切り取って汲み取ることはとても難しい。自分ひとりでは当たり前のことを、「何故」という視点で捉えるのは困難なことだ。

自分が自動的におこなっていることを当然のものだと思ってはならない。そして、他者の「何故」と思える部分は、他者にとって自動的なことであるのかもしれない、と思わなければならない。


 


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