2018/05/13 Sun
高負荷


気づけば前の更新から二ヶ月も経過していた。繁忙期は通り過ぎたはずなのにずっと残業し続けている。佐藤も辞めたし同じ課の先輩も辞めたし、今度隣の課の先輩も辞めるらしい。別部署も二人会社を辞めた。営業さんが頑張って仕事をとってくるんだけど、それを回す人員が足りてない。新入社員が入ってきて人数は増えるけど、彼らが担当業務を回すスキルが身につく前に古参兵がいなくなっていく。

休日出勤しすぎて頭おかしくなったのか、元々頭おかしかったのが疲れのせいで漏れてくるのか、休みのたびに見知らぬ男や女を引っ掛けては夜通し遊んでラブホ行かないとやっていられない。恋人の松島さんは頻繁に会うわけではないから別にばれるわけもなく、松島さんと添い寝するのは好きだけどプレイが乱暴じゃないから楽しめない。甘やかされるのは添い寝するときだけでいいんだけどなと思いながら眠る。

かと思えば午前二時に眠って目覚めたら夜の二十時だったりするし、でも仕事中に眠くなったりはしない。眠くなる暇がない。担当替えがあって古参兵がいなくなって、新しく別の人二人が下についたけど、私と違って自分で勉強する気力ゼロで、ネットワーク用語のひとつも知ろうとしない。腹立つから手順書にクイズ形式でまとめるページを作ってやった。先生と子どもかよ。急なネットワーク障害で走るのはいつも私だ。他に誰も走るひとがいない。自分は全部口伝で教えてもらって必死にメモしてきたのに、新しい人は手順書ないと助けてすらくれないらしい。片方はめちゃくちゃ年上だから無理は言えないし、まじで忙しいのに彼らのために自分のメモをもっと細かく書き直して手順書にしてあげている。でもその手順書すら読んでくれない。馬鹿みたいに客から電話がかかってくるのに彼らからも鬼のように電話がかかってきて、報告書ひとつ進まない。読めよ。書いてあるだろ。

会社のひとと飲みに行っても愚痴と自慢ばかりで疲れるだけだ。頑張ってない人間なんてこの会社にはもう誰もいないのに、どうして自分より頑張ってないとか自分はこんなに頑張ってるとか、言いたくて仕方なくなってしまうのかわからない。褒めてほしいなら素直にそう言った方が可愛げがあるのにもったいない。



そんな修羅場のような会社で、このまえ上司の面談があった。佐藤は上から疎まれていたのか知らないけれど、あんなことばの通じないやばい奴と毎週飯に行ってもらって本当に申し訳なかったと言われた。俺たちがもっと早いうちに手を入れていればナナオさんにも迷惑をかけなかったと言われた。悩む人間は答えを必要としていると思っていたけど、そうでなくて、悩むことが好きで悩むための何かを探し続けている人間もいるのだと勉強になった、と答えた。佐藤は男だけど女の子らしくて、ナナオさんは女の子だけど考え方が雄々しいんだよな、と言われた。

佐藤が悩んでいることがなんだったのか、私は毎週飯を食いに行ったけど結果よくわからなかった。不幸や傷口なんて探そうと思えばすぐ見つかるものなんだし、それを探さなくてもいいやと思えないとやっていけない。探すことに必死になるくせに、不幸をどうにか幸福にすり替える手段を考えないのなら探す必要なんてない。すり替える手段はたくさんあったように思うけれど、佐藤にはそれを考える余裕がなかったのかもしれないし、そもそも幸福にすり替えようなんて望んでいなかったのかもしれない。

聞き続けると心を病みそうになる佐藤の呪詛を毎週聞き続けていた私を心配しているのか、上司は私に対して熱く語り続けていた。見えない視野を想像することを語って、佐藤がどれだけそれをせずにいたかと詳細に語ってくれたけど、そんなものゼミで哲学かじってたから今更だし、『散種』ならもう読んだけどなぁ、と思いながら黙って頷いて聞いていた。

忙しくて疲れて、やらなければならない勉強をする余裕なく寝てしまって、時々仕事辞めて勉強の時間を確保したいと思うときもあります、と私が漏らしたせいだと上司は言った。おまえが無表情でそういうこと言うから、やべぇなと思ったんだよ、と言って上司は笑った。文学部なんて行かずに情報系のこと勉強しておけばよかったなぁとも思います、と返して笑っておいた。本当は文学部に行かなきゃよかったなんて思っていないけど。



夏にまた繁忙期が控えている。いまも充分忙しいけれど、もっと忙しくなる。きっと自分が本気で辞めたいと思うよりも先に体がもたなくなるから、仕事を辞めるとか辞めないとかそういうことは考えない。肺炎になって、胃腸炎になって、溶連菌感染症になって、毎年そうやって体調を崩してきたけれど、今年はどんな病気になるんだろう。残業で日が変わって食事の時間などとらずにさっさと眠りたいのに、夏の繁忙期のためにいつもは食べない夕食を懸命に摂取して、胃の痛みに耐えて眠れない夜を過ごす。

あとどれだけ頑張ればいいだろう。でも学生時代のような生活に戻りたいなんて思えない。一夜を共にした男が、俺のために結婚や出産をするようにと唆してくるが、人生なんていう疲れるだけのものを子どもに経験させたいなんて思わないなと返すと、皆黙って抱き締めてくれる。疲れるだけじゃなくて、楽しいことも気持ちのいいことも沢山あるけれど。両親の揃った幸福な家庭なんて知らないものなんだから、博打のように試してみるなんて面倒すぎる。私のいまの人生に、他人の面倒を見る余裕なんてない。




 


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