2018/03/12 Mon
聞かなかったことにする




仕事を辞めたい同期の佐藤はこの一年ほどもやもや悩んでいたが、どうやらとうとう仕事を辞める決意をしたらしい。

別のオフィスで働く別の同期がもうすぐ仕事を辞めるらしくて、それに感化されたのかどうかはわからないけれど、既に直属の上司には伝えたらしい。



最近、本当に佐藤がやばかったので、同期が辞めるのは悲しむべきことだけれど、だいぶ解放感を感じている。

「上司には、別の部署、たとえばナナオさんがいるところとかに移ってみたら?って言われたんだけど、僕はなんか違うなって思ってて。やっぱり今の歴史ある地区をサブとはいえ担当してるからこそ価値があると思う」と言われたときは「は?私の前で私の部署ディスるの楽しいか?」と返しちゃったし、
「ナナオさんが肺炎になった頃、もう辞めようと決めてて。だけどナナオさん休んでるから相談できなくて、もやもやしてたんだよね」と言われたときは「は?好きで休んだわけじゃないし、40度の高熱出てた相手に言うかそれ?」と返してしまった。

直属の上司から「無自覚に失礼」と言われがちな佐藤だけど、普段からこんなこと言うてるんやったらほんまやばい。適切な語彙が足りてれば問題なかったのか、普通に失礼な人間なのか、私にはよくわからない。

私はそんな無自覚なのかもよくわからない罵倒を受けながら、それでも上司らに「佐藤と飯に行ってやれ」と言われるから真面目に行ったりなどして、もう疲れてしまった。



実は実家に泥棒が入るというやばめな大イベントもあったんですが、そのとき佐藤に「でもナナオさんのことだから、そんなにショックじゃないんでしょ?」って笑いながら言われたときは、本当になんなんだこいつ?という気持ちだった。

確かに金品を持っていかれたことは私にとってはショックではない。私のものでもないし、お高いものでもないし、私は盗まれたものに対して深い思い出があったわけではない。でも祖母の形見とか持っていかれた母親は非常にショックを受けていて、可哀想な人だなぁと思った。あと、私も住んでいた家に誰かが勝手に入り込んで、家探ししたというのが普通に気持ち悪いと感じる。

「ナナオさんはこう思っているんだろう」と想像するのは勝手だけど、それをひけらかすのは今この瞬間でなくてはならないのか?

母親は唯一の家族だから「なんか泥棒に入られてる」と電話がかかってきたときは本当に肝が冷えたし、もし万が一にでも泥棒に鉢合わせて、酷い怪我をしてしまったり殺されてしまったらどうしようと思った。

上司に電話して会社の車で実家まで帰ることにして、慌てて家を飛び出して自転車乗って会社へ向かったら、慌てすぎて十年ぶりにこけたし。めっちゃ青アザできたわ。

会社の人の前でそんな湿っぽいことは話さなかった。親は無事だったし、青アザは痛いけど治りかけてるし、湿っぽいこと言ったからって泥棒に不幸が訪れるわけでもない。

「話さないことと、感じていないことは、同じではないと思うんだけどな」と言ったけど、佐藤には私がちょっと怒っていたことが伝わったんだろうか。「仕事辞めても一緒にごはん食べに行ってほしいな、そういえば五月のこの日あいてる?」とか言う奴には伝わってねぇんだろうな。誰が行くかよ。



以前ネットで見かけたんだけど、「西洋で拷問が減ったタイミングと印刷技術が発展したタイミングが同じなのは、他者の内面を描いた小説などの印刷物が世に普及したことで、他者にも内面が存在することが共通認識と広まったから」という話があるらしく、結構自分の中では腑に落ちるところが多かった。

他人の内面なんて、もうわからないんだからもうどうしようもなくない?と思うことも多いけど、「このひとの内面はこうだ」とか「自分の内面と同じものが他人にもある」とか思っちゃうよりはマシなんだろうな。

佐藤のことはよくわからないけど、私とは本当にまったく違う生き方してきたんだろうなと思うし、佐藤みたいな内面とか言動は、自分には多分あまり必要じゃないんだろうなと思った。



以下コメレスです。


紅玉さん

返信ありがとうございます〜

「自分が内心考えていることは表現しない限り存在しないも同然」
「自分がそのことを想像をすれば、それは発生したことと等しい」

上記二つは、一人の人間の中に同時に持っていてもよい考え方だなぁと思いました。私が何かを考えているとき、私の中には何かこれまで感じていなかった感情が芽生えることもある。だが、その芽生えたものは、言動にあらわさなければ他人からは捉えられない……
自分の内面に対しては勿論のこと、他者の内面に対しても同じように考えていれば、同期の佐藤のようにはならずに済むのかな、などと酷いことを考えています。

申し訳ないんですが、まだおすすめいただいた本を読めておりません……!休日出勤続きで本屋が開いている頃に自由に動けずにおります……すみません……


冬さん

返信ありがとうございます〜

好きなことがある人生ってめっちゃ楽しそうで羨ましいです。でも確かに仕事をしなかったらもっと好きなことに時間を費やせるのに…という気持ちが高まりすぎるとしんどそうですね…。

今の私の仕事は、ジャンルは違えどゼミの延長のようなかんじで、わからないことを突き詰めて勉強して、わかるようになってできるようになって、そのうえお客さんからお礼を言ってもらえるので達成感も感じやすい業務だと思っています。

ただわからないことがわかるようになるまでの道筋がわかりにくく、学べども学べども終わらない……わからないことに対して必死になれないと、同期の佐藤たちのようにしんどさが上回って辞めていってしまうかんじです……

ひええそうなんですね…!栄養ドリンク結構一気飲みしがちなので、今度から少しずつ飲んでみます!ありがとうございます!


 


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