バカは風邪を引かないというけど、嘘つきは風邪を引くのか。

「名字ちゃん、お見舞いしに来てくれたの?」
「そうだけど」
「嬉しいなー。名字ちゃんが来てくれるとは思わなかったよ」

明るいトーンで話す王馬小吉だが、ベッドに身を委ねているあたりあまり体調が思った以上によろしくないんだなと分かる。それを指摘したところで王馬君のことだ。「そんなわけないじゃん!微熱だから様子見で休んでるだけなんだよ!」と言って無理をしそうである。なので「そうなんだ。へー」と適当に流した。

「ちゃんと食べた?」
「まだ」
「食欲は?」
「あるけど……。なんか作ってくれるの?」
「卵がゆでいい?」
「マジで?気が利くじゃん。オレ、おかゆなら卵がゆが一番好きなんだ」

嘘らしい嘘がなく、力なく笑う王馬君はやっぱり弱々しい。いつもの王馬君と違ってどこが嘘なのか、どれが本心なのか、いちいち考える必要がないのはいいことだ。普段からこのくらい可愛いげがあったらいいのに。と思う反面、このままだったら調子が狂うという気持ちもある。

とりあえず買ってきたペットボトルに、専用のストローを装着させた。それをベッドの近くのテーブルに置く。

「スポーツ飲料買ってきたから飲んで。ストロー差してるから」
「えー、やだー……。オレ、炭酸が飲みたい」
「治ってからね」
「グレープ味……」
「そんな王馬君に朗報。粉薬飲む用のゼリーがグレープ味」
「どこが朗報なんだよ……炭酸じゃなきゃ意味ないじゃん……」

大事なところはそこなのか。……好きなものに炭酸飲料って書くぐらいだから、しょうがないのか。





卵で薄く黄金色に染まったご飯。形が崩れる直前の米粒は、噛むと米の感触を残しつつも口の中でとろけるだろう。最後はお椀によそって、中心に三つ葉を添えれば卵がゆの仕上がりだ。湯気と一緒に立ち込めるだしの香りが鼻腔をくすぐる。これなら王馬君も文句なく食べてくれるだろう。お椀に蓋をしてトレーに乗せた。

「王馬君、出来た」と完成の報告と一緒にドアを開けると王馬君は上半身を起こしていた。

「名字ちゃん、遅いよー。待ちくたびれちゃったじゃーん」

あれ?さっきまでのか弱い王馬君はどこに消えたんだ?元気になるならそれに越したことはないんだけど……。
トレーを王馬君の膝の上に乗せると「名字ちゃんの手作りかぁ。楽しみだなー!」と子供のように嬉しそうな声をあげた。

そういえば王馬君はちゃんと水分を取っていたのだろうか。ペットボトルに手をかけると1/4ほど減っていた。よかった、少しでも飲んでいたようだ。
さて王馬君の反応はどうだろう?彼の方へ視線を向けると王馬君と目があった。んん?
お椀は蓋をされたまま。スプーンでも忘れたかなと思ったけれど、きっちりトレーの上に乗っている。

「……王馬君、食べないの?」
「食べないんじゃなくて食べれないんだよ……」
「なんで?熱いから?急に食欲無くなった?」
「そうじゃなくてさぁ。名字ちゃんが食べさせてくれなきゃ、オレ食べられないからね!」
「は?」

何を言ってるんだコイツは。「もー!名字ちゃんしっかりしてよね!病人には食べさせるのが定番でしょ!」と私に文句を言ってくる。でも内容は文句じゃなくていちゃもんだ。大体そんな定番聞いたことがない。
このまま帰ってやろうか、とか思ったけれど帰ったら「名字ちゃんったら、オレの看病中途半端に放り出したんだよ?信じられないよ!」と別件で文句を言われそうでもある。それを私だけでなく、他の人にも。めんどくさい。非常にめんどくさい。

悩んだ末に私はスプーンを手にとって、お粥を掬った。それを見た王馬君は待ってましたと言わんばかりに口を開ける。口の中にスプーンを差し込めば、王馬君の口が閉じた。

すると、びくり!と大きく王馬君の肩が跳ねた。「ん!んんん!」と右手で口元を押さえながら、左手でバタバタと布団を叩いている。あれ?毒でも間違って入れたかな?そんな記憶はないんだけど。うっすら涙を浮かべる王馬君が必死に何かを探すように、周りを見渡している。「んんん!んんんー!!」動きの止まった王馬君が奇声をあげて何か私に訴えかけてきた。あぁ、なるほど。と思いながら王馬君の目線の先にあったペットボトルを手渡す。王馬君はペットボトルのストローをくわえると、ちびちびとすすり始めた。

「熱かった……」
「ごめんね」
「ひどいよ、名字ちゃん。軽く死ぬかと思ったよ」
「ハイハイ」

だいぶ熱かったのか、口からはみ出た赤い舌先が項垂れている。

「もう少し冷ましてから食べる?」
「違うでしょ!そこは名字ちゃんがふーふーして食べさせるところでしょ!」
「は?」

あぁ、いけない。ついまた冷たい声が出てしまった。それもすっとんきょうなことを言う王馬君が悪いんだが。王馬君は私をメイドカフェのメイドさんと勘違いしてないか?それならメイドカフェに行くか、東条さんに頼め。東条さんなら依頼であればやってくれる。

「名字ちゃん、お願いだよ……。このままじゃオレ、飢え死にしちゃうよ……。うわあああああああん!!飢え死にだけは嫌だよおおおおおおあおおおお!!せめて最期くらい名字ちゃんにふーふーして食べさせてもらいたかったよおおおおぉおおおおおん!!」

なんだ飢え死って。キーンと耳鳴りが起きる大声にも慣れてしまったのがつらい。

「王馬君、嘘泣きされても困る……」
「嘘じゃないよおおおおぉおおおおおおおおおあおおおお!オレは名字ちゃんにふーふーして食べさせてもらうまては、泣くのをやめないんだからな!」

王馬君ってこんなめんどくさかったっけ?……割とめんどくさかったな。
はぁ……。とため息を一つ吐いて、私は再びお粥をすくった。軽く息を1回、2回吹きかけて、子供みたいに駄々をこねる王馬君の口元へスプーンを突きつける。

その途端、ピタリと泣き止んだ。やっぱり嘘泣きじゃないか。さっきまで泣いていたとは思えないくらい満面の笑みを浮かべて、スプーンを頬ばった。それでもお粥が少し熱かったのか、熱を口の中で掻き消すように丁寧に咀嚼している。せわしなく口を動かしている様子がなんだか、餌を必死に頬張るウサギを思い出させた。

「ほら満足?」
「何言ってるの名字ちゃん?これっぽっちじゃお腹いっぱいにならないんだけど。分かったらとっととオレに食べさせてよ」

ははは、こやつめ。病人でなければ一発腹パンでも決めそうな衝動が走ったけどやめておこう。王馬君のペースに乗るのが一番いけない。さっさと食べさせて帰ろう。それが一番いい。

熱に浮かれて、浮かれて?

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