掃いて・捨てて

※最原君が片付けられない人
「最原君、そっちはどう?もう終わっちゃったよ」
「えっ!?早すぎじゃない?」
また新しく中身の入ったゴミ袋を作ったようで、最原君がゴミ袋を外のゴミ捨て場まで運び出そうとしていた。
えっさほいさとゴミ袋を背中に担いで捨てに行く姿がサンタさんに見えたので、最原君に「サンタさんみたいだね」と言うと「もうクリスマス終わったじゃないか……」と呆れられた。
「サンタさん、プレゼントちょうだいよ」
「ゴミしかないよ」
最原君がおどけてゴミ袋を持ち上げた。ガサリと音を立ててるゴミ袋の中にはいらなくなった書類の残骸や埃で埋まっている。
「どうせなら給料ちょうだい」
「また今度ね」
「最原君のケチんぼめ」
「名字さん、僕の懐事情知ってるだろ」
ここ、最原探偵事務所は小さな事務所だ。従業員は所長である最原君含めて三人しかいない。( 他の二人はどこ行ったの?と聞いたら探偵業とは関係ないところで仕事に行ってもらっているらしい。年末でも仕事ばっかりで大丈夫なんだろうか。)
探偵はお世辞に稼げるような仕事でもないし、ましてや所長である最原君を初めとするメンバー全員がは若かった。普通ならこれから大学に行こうかとかいう年頃なのに、最原君達は身を粉にして働いている。
「今日で持ってきたゴミ袋何枚使ったんだろう。足りるかな?もう、最原君。書類貯めすぎだよ」
「それは、仕事が忙しくて……」
「言い訳しない!日頃からギャンブルにこまめに処分してればこんなことにならないのに」
「何度も言ってるけどあれは依頼だからね!?」
「へー。スロット回す依頼って初めて聞いた」
最原君の発言力が減っていってるのは気のせいではなさそうで、苦しげに胸を当てている。
私が最原君に対して冷たくしているのは、大掃除のほとんどを私がやったからだ。窓拭きも床掃除も一人でやったし、電球もちゃんと変えた。水回りもピカピカに磨いてやった。ちょっとした八つ当たりだ。これぐらい許されていいだろう。
というのも、私が手を出せない仕事の書類関連に関しては最原君が処理してから、大掃除に合流する予定だったのである。(私にはどれが必要で、どれが不必要なのか分からない。)それなのに書類が出るわ出るわで合流出来そうにもない。おかげでフル稼働しているシュレッダーがいつ壊れないかと内心ヒヤヒヤしている。
「それじゃあ最原君、私がゴミを捨ててくるよ」
「えっ?でも……」
「最原君、昨日も働いてたんでしょ?いつもより書類片付けるスピード遅いよ。だったらちょっとでも休まなきゃ」
それにもうお掃除終わったし帰るついでだから、と言うと最原君は眉を下げる。
「……本当に名字さんが来てくれて助かったよ」
「もっと感謝してくれてもいいのよ?」
おどけた私に、最原君も困りながらも笑った。最原君に背を向けて、扉で隔てると私は笑顔を止めて胸を抑えた。私の胸中は最原君の言葉にいたたまれない気持ちで滲んでいる。
部屋を汚い状態にしたのは最原君だけど、最原君をあんな状態にしてしまったのは私にも一因があった。
最原君はうっかり溜め込むクセがあるのだ。普段は他の二人が片付けを行っているのだが、別件で忙しいようだから、必然的に最原君は一人でいることが多くなってしまったのだろう。だから最原君の様子を見るように頼まれていたのに、こんなことになってしまったから申し訳ない。
ゴミ捨て場に置いてゴミ袋を置いて、鍵をした。檻の中に入ったゴミ袋は軽く山が出来るぐらいに積み上がっていた。このゴミ袋の山は、最原君が一人でいた期間の長さだ。一人でいればいるほど、部屋の中は文字の綴られた紙の海が深くなっていく。
もし最原君をずっと一人にしてしまったらどうなるんだろう。たまたま私が探偵事務所に遊びに来なかったどうなっていたんだろう。少しだけ想像したら冷たい風が背中に吹き付けた。
私は踵を返す。風に押されるようにして私の足は、自宅へではなく事務所へと向かった。
事務所に戻ると最原君が泣いていた。最原君がその箱を誰にも見られないように取り出した時に、光る何かを手に取って嗚咽も上げずに涙を流していた。
「最原君?」
「名字さん!?」
私の存在を気付くとすぐ様、箱を背中で隠したからあぁ、そうなんだ。と私はすぐに察した。同時にここに来るべきではなかったとも少しだけ後悔する。
「いやーごめんごめん。忘れ物しちゃってさ」
「うん」
「あった!これがないと帰れないところだった」
握りしめた掌に隠し持っていた家の鍵をあたかも見つけたように振る舞った。
「待って名字さん!」
帰ろうとした所で最原君に呼び止められて、私の笑顔は引き攣りそうになる。私の杜撰な演技がバレてしまったのだろうか。本業探偵には見抜かれちゃうよなあ……。と反省しながらぎこちなく振り返った。
しかし、予想とは違って最原君の瞳は揺らいで私を見ていた。
「お茶淹れるから……。今日のお礼に」
「えっ、いいの?」
「うん。ここまでやってもらって何も無いっていうのは流石に失礼だよ」
「ありがとう」
別に最原君達だから構わないんだけどなあ。と言ったところで最原君はものすごく困った顔をするので、何も言えない。
最原君が、やかんにお湯を入れて昔ながらの石油ストーブの上に乗せた。
「ごめん、名字さん。紅茶は高温のお茶で淹れたほうがおいしいから待たせるかもしれない。時間は大丈夫?」
「大丈夫だよ。それより紅茶について詳しいね、最原君。どこかで習ったの?」
「うん……。ちょっと昔にね」
最原君と二人でストーブの前に居座る。いつになったらお湯が沸くかなと思いながら、私はやかんを見る。まだ汗を吹き出す様子はない。
「正直、今年は辛かった」
色んなことがあったから、と最原君は呟く。確かに色々あった。
最原君が今年から探偵事務所を始めて、私が最初の依頼人になったのだから驚いた。今は依頼の数にムラがあるらしいが、徐々に数を伸ばしているらしい。最原君達って苦労してるよなぁ……。がんばってるよ、本当に。と私は心の中で相槌を打つ。
「ようやく少しだけ向き合って……。ちょっとだけど楽になったかな」
最原君の長い睫毛は伏せられて、その奥にある瞳は潤んでいる。そこで私と最原君の入れ違いにようやく気付いた。
きっと最原君はあの箱の中身のような一生、大事なものを抱えていく。別の言葉で言い換えるなら、この先ずっとひどい傷を負ったままなのだろう。その途中で余計なものを溜め込んで、最原君が潰れないかどうか不安で堪らなかった。
「これから、ちょくちょくこまめに片付けないとダメだよ?」
私の言葉は安っぽい慰めでしかなかった。その傷に触れることは私は出来ない。最原君が話さないから。私はずっと分からないフリをする。でも私は箱には入ることもしたくはない。
「最原君がちゃんと身の回りを整理出来るようになるまで、手伝いに来るからさ」
何の才能もない私が出来ることは私は最原君の不必要なものを片付けていくだけ。静かに首を縦に振った最原君に私は微笑んでみせた。宝物を背負った最原君がいつか、穏やかに呼吸をするその日まで。