君が世界を覆ってく


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生地を巻きすの上に乗せて、一度巻きすで包んだところで軽く握る。巻きすの間から熱気が伝わるけども、左右均等かつ握りつぶさないような力加減で形を整えていく。それからは丁寧に巻いて、伊達巻の両端に輪ゴムを留めれば後は覚めるのを待つだけ。

「手際がいいネ」

隣で火から鍋を下ろしていた是清さんがぽつりと呟く。鍋から栗金団の甘い匂いが漂ってくる。どうやら一連の作業を見られていたらしい。私はなんだか少し気恥ずしくなってしまう。

「昨日の煮込んだ黒豆も味がしっかり染み込んでいたヨ。名前さんはやっぱり料理上手なんだネ」
「黒豆は教えてもらったじゃないですか。だから是清さんとお姉さんの教え方が上手なんですよ」
「名前さんったら褒め言葉もお上手ね」

お姉さんが満更でもなさげに笑う。それを見て私も微笑ましい気持ちになりながらも、緩やかに煙が心中漂っていた。




是清さん−−真宮寺さんと初めて会ったのは、とある料亭の一室だった。親族が用意したお見合いの席で、私と真宮寺さんは向かい合った。

女性と見間違うような長い黒髪を一つにまとめて、スーツを着こなす様はそれはもう美しかった。真宮寺さんは手足が長く、ほっそりとしていて女性かと見間違えるくらいだった。口元を覆い隠すマスクも魅力的に見えてしまうのだから、美しさとは不思議なものだと思う。

「僕は愛してる人がいるんだヨ」

後は若い者同士で、と二人きりにさせられてすぐのことだった。
だから君とは付き合えない。言葉にはしないけど、遠まわしに断ってくる真宮寺さんの気持ちが痛いほどよく伝わてくる。

「そう、羨ましいですね」
「羨ましい?」
「私は今まで恋したことがありませんから」

恋というのは本でしか知らないけれど、私にとっては美しい薔薇のようなものだった。美しすぎて畏れ多い上に、触れてたところで傷付く。そんな残酷で尊い存在だと私は思っていた。

「それは悲しいことだネ。嘆かわしいヨ」
「でも恋は罪悪というでしょう?」
「罪であろうが、貫いた先にある愛おしさには生きる喜びを与えてくれるものサ……」

その日初めて見た真宮寺さんの笑顔だった。笑顔といっても顔の半分はマスクに覆われて、どんな表情をしているのか分からない。だけれど、幾分か柔らかくなった目付きが笑っていたから。

「真宮寺さんがおっしゃるなら、そうなのでしょうね。でも私には必要ないものです」

真宮寺さんは顔も知らない誰かと愛し合っているからそんな価値観を抱くことが出来る話であって、子を産む道具でしかない私には難しい話だ。一方だけが恋しても、互いに愛することなんてなかなか出来やしないことを私はちゃんと知っている。

結局、その日の会話はそれだけだった。後はいつ先方からお断りのご連絡をくれるかと待っていたのに一向に来なかった。代わりに来たのは、次いつ会えるかというお誘いだった。




指定された場所は喫茶店だった。約束の時間の10分前に訪れると、真宮寺さんがあらかじめ予約していてくれたようで個室に案内された。

個室のソファーに真宮寺さんが座っており、私が訪れることに気付くとマスクを取り外した。

「はじめまして、是清の姉です。名前さんのことは是清から聞いているわ」

そのときの私は呼吸の仕方を忘れた。是清の姉?という真宮寺さんの言葉と共に、なんとか私は息を飲み込んだ。

いや、真宮寺さんですよね?お見合いの席でお会いした真宮寺さん御本人ですよね?
つま先から頭のてっぺんを見直しても、平らな胸や線は細いけれどしっかりと筋肉のついた肩が男性であることを主張していた。

この目の前の人は誰なのか?おそらく真宮寺さんであることは間違いない。でも真宮寺さんがこんな質の悪い冗談を言うんだろうか?真宮寺とはほんの少ししか過ごしたことはないけれど、いきなりこんなことを言い出すような人ではなかったように思える。

力強く脈打つ心臓をうっかり吐いてしまいそうになるのを抑えて、私はおそるおそる尋ねた。

「あの、どうしてお姉さんがここに……」
「今日は名前さんにお願いがあってきたの。でも、その前に言っておかないと。−−私と是清は愛し合っているの」

あまりにもはっきりと物を言うのだから、私は驚きの声を上げることすらままならなかった。

「なのに近親相姦だとか、頭が可笑しいとか、世間体がどうとか、笑っちゃうわよね。愛することの何がいけないのかしら」

そう笑ってはいるが、ところどこ、怒気の篭った言葉を投げかけられて私は「はぁ……」と間抜けな返事しか出てこない。

恋の悪いところは相手を選べないことである。お姉さんが真宮寺さんと全く関わりのない赤の他人なら、大方受けいられたのだろう。たとえ、そうだったとしても、そうでなくとも、本人はどう思っているかは私の存ずるところではない。

「名前さん、貴女って恋をしたこともないし、これからする予定もないんでしょう?」
「ええ」

真宮寺さんとお見合いしてからも私の気持ちはほとんど変わらなかった。ただ一つ、変わったことがあるとすれば恋する姿は美しいということを知ってしまったぐらいだ。

「そこでお願いの話に戻るのだけれど、是清の恋人のフリをしてほしいのよ」

前のめりになって私の目を見た。金色の目が私を捉える。

「今の是清にはまだ支援が実家から必要なの。是清には夢があるから」
「夢、ですか」
「そこは是清に聞いてちょうだい」

後から聞いた話だと、是清さんは民俗学者のようで論文にして発表したいことが山ほどあるそうだった。確かにまだ年若い是清さんにはこれからのことを考えると支援があったほうがいいし、悪い噂は避けていきたいというのは理解で出来る。いくら恋心に燃やしているからといって、是清さんはある程度冷静に局面を見据えているようだった。

「いくつかお願いがありますが、それを了承していただけるならお引き受けいたします」

私もいい加減実家から出て行きたかった。だから私も一緒に家のしがらみから解放してほしい。互いの利害が一致した形で私と是清さんは関係を結んだ。

それから私も是清さんも大学に通うという婚約者として実家を出て行った。今は小さい部屋で共に暮らしている。当初、私は二人の邪魔にならないように過ごそうかと思ったけれど、二人はそう思ってもなかったらしく私を邪険することはなかった。

おかげさまで是清さんともお姉さんとも関係は良好だ。だから1ヶ月前に是清さんからおせちを作ろうと言われて、2人で肩を並べながらずっと料理をしてきた。

だけどこんな日々は終わる。必ず。

「もうそろそろお重の準備しようか」

一段落ついたところで是清さんがそう提案してきた。私はエプロンを畳む手を止めて是清さんを見た。

「早くありませんか?」
「いいや?まだ何も入れやしないけど……。どう盛り付けるか考えたいからサ」

是清さんが言うにはおせちにも様々な盛り方があるらしく、一から全部作ったのだからこだわりたいとのことらしい。

居間のこたつの上に是清さんが桐の箱を置いて、縦にスライドする。その置くから取り出したのは三段の重箱だった。黒の漆に金で描かれた松と鶴。目出度い組み合わせの金蒔絵だ。私はハッとして是清さんに訊ねた。

「どこで買われたんですか?」
「アンティークショップで売ってたんだヨ。明治期のものだから相当年季が入っているけど……。綺麗に手入れされているよネ」

言われてみれば、短くても今から100年前の代物なのである。是清さんに言わせてみればもう九十九神になってもおかしくないのかもしれない。

「それと明治期ってところがいいよネ。元々おせちは重箱に入れてなかったんだヨ。だけど明治期になってからは重箱に入れる文化が誕生したのサ」

私は是清さんの話を聞きながら、ふと、疑問に思ったところを口にする。

「それなら大皿に盛り付けてもよかったんじゃないですか?そちらのほうが古来のおせちの盛り付け方なんでしょう?」
「そっちも心惹かれるけど……。重箱に詰めることに意味があるのサ」
「一体どんな意味なのですか?」
「重箱は箱を何段も重ねるから、幸福を重ねるって願いが込められているんだヨ」

私はそれを聞いて、ふと邪な考えが過ぎった。たかだか願掛けのようなものに何を囚われているのか。それでも私には机の上に鎮座しているお重が、硝子一枚隔てたかのように遠く見えた。

「名前さん、正月はこの重箱に一緒に詰めてもらうからネ」

どうしてそんなことを是清さんは再三口にしたのか。否とは言わせない強い是清さんの口調にドクン。と心臓に音が立てて、私の中で芽吹いていく。

「……私でいいんですか?」
「君でいいんだヨ」

ああ、やめてほしい。このやり取りだけなら、私の中に出た芽を素直に喜べたのだろう。

「私には出来ません。是清さんが行ってください」
「どうして?」
「どうしてって……」

是清さんが愛しているのはお姉さんでしょうに。

「僕は君と重ねていきたいんだヨ」

私の心を見透かしているのか、壊れ物を触るように是清さんの滑らかな指が私の手を閉じ込める。ああ、非道い人。こんなことを言われてしまっては私は勘違いしてしまう。芽から美しい花を咲かせてしまえば、胸をしめつける。

今度こそ、どこに行っても逃げ道なんてありはしない。それでも選べるのなら。私は是清さんの手に重ねた。



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