東を見た

※かっこいい天海くんは図書室へ行った。
メッセージの通知音で目が覚めた。布団の隙間から腕だけ伸ばして、スマホを手探る。布団の中へと引きずり込んだスマホの電源をつければ、時間は深夜の3時だった。そして新着メッセージが1件。天海蘭太郎。
天海蘭太郎:あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
律儀だなあ……。と思って、新年の挨拶を読んでから再び眠りにつこうとする。しかしそれを邪魔するかのようにスマホがまた鳴った。
天海蘭太郎:今日って時間ありますか?
飛び込んできた文字に私は飛び起きた。どういうこと?心臓が早鐘のように鳴りながら、返信を打つ。
名字名前:あるけど……。何どうしたの?
天海蘭太郎:ちょっと今から出かけないっすか?
名字名前:今から……?
天海蘭太郎:たぶん10分後には着くっす
早っ!?っていうかもうこっち向かってるの!?
思わぬ報告に私は、寒さなんてそっちのけでベッドから抜け出した。マズイマズイ!準備しなきゃ!ぐしゃぐしゃになってた髪を梳いて、メイクして!
準備を簡単に一通り終えると私はため息をついた。深夜で、しかも新年なのにドタバタして近所迷惑なんじゃないか?そんなことを考えていると、家の外からバイクのエンジン音が近づいてくる音がした。あ、上がいたわ……。
玄関を開けると、大型バイクが停まっていた。座席部分に誰かが跨っている。モッズコートが大型のクラシックなバイクにやけに似合う。フルヘルメットを頭から外して、ライムの髪が暗闇から覗いた。
「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「お願いします」
正月に初めて顔合わせしたときの定型文を口から流す。もちろん、ちゃんと気持ちは込めてはいるけど。他に言うことなんて私には思いつかないのだ。
ふと、天海が私の方を上から下を見ていた。どこかおかしいところでもあるのだろうか?
「ジーンズにダウンジャケットなら大丈夫そうっすね。早速行きましょうか」
「待って」
天海はバイクのトップケースから、ヘルメットを取り出した。そして私に渡した。何を考えてるんだ天海は。思わず両手で抱えたヘルメットを誤って落としそうになる。
「この天気でバイクで?」
「そうっすよ?今日は晴れてよかったっすね!」
「本気?」
眩しいくらいに天海は笑顔だ。清々しいが冗談じゃない。だけど外は氷点下じゃないかと思うぐらいには寒いし、風も吹いている。つまり、こんな状況下でバイク走らせるなんて狂気の沙汰としか思えない。
「車使おうよ……」
「俺、車嫌いなんで」
さっきまで笑顔だったのに、すっと天海の表情が抜け落ちた。あー!そうだったー!こいつは嫌いなものに車って答えるくらい、車が大っ嫌いだったんだー!
「文句ばっかり言ってないでさっさと乗ってくださいっす。すぐそこっすから」
「えっ、なんで私の方がそんな聞き分けの悪い子みたいな感じなの……?」
天海はたまに聞き分けの悪い子供みたいなところがある。まぁ、イケメンでトークもオシャレも出来て性格も良いという死角のない状態で、天海のこういうところはむしろいい!とか言われてすんなり受け入れられそうだけど。
私は天海の後ろの座席に跨る。前に天海とツーリングに行ったときに遠慮がちに服を掴んだら「そんなんじゃ落ちるっすよ」と言われて、実際に去年落ちかけた。もう今年はそんなことしないぞ……。本当は乗らなきゃいいんだけどね!泣く泣く私は腰を包み込むように両手を、天海の背後から抱きしめる。私がしっかりステップに足を乗せているか、安全確認をしてからバイクがエンジンを唸らせて走り出す。
「ちなみにどのくらいかかる?」
「2時間ぐらいっすかね」
2時間?
「すぐそこって言わなかった!?」
「2時間弱で着けるならすぐそこじゃないっすか」
それは違うよ!!絶対に違うから!
世界中を旅してる天海のことだから、1日以上かからないなら近いっすね、とか思って発言したんだろうなって簡単に想像出来た。うん!分かるよ!でも天海それは違う!普通2時間以上かかるところを、すぐそことは言わない!天海の頭が時差ボケしてるだけ!!
そうツッコミを入れたいのを堪えた。バイクで走っている時に気を抜くと舌を噛むし、振り落とされる。天海だけが頼りで、私は目の前にある背中にすがり付いた。
「着いたっすよ」
「天海……。お前覚えてろよ……」
半ば屍と化した私を見てアハハと天海が笑っている。なんでも笑えば許せると思うなよ!?
「もうそろそろなんで移動するっすよ」
「これ以上どこに……」
ヘルメットを外すと、潮の香りがした。次にさざ波の音が遠くから聞こえる。そして天海が見てる方向には水で溶かした絵の具のような淡い青が彼方から訪れようとしていた。
ざくざくざく。砂浜を踏みしめて歩く。引いては寄せる波音と私達の歩く音だけしかそこにはなかった。天海は私の少し前を歩いて、私は天海の背中を追いかける。
少しずつ空の色が朱色に変わっていく。星が眠りついて、雲の輪郭がはっきりとし始めた。
「−−あ」
私が声を零して、足音が止んだ。水平線から光が溢れる。水面は黄金の光で飾って、昇る太陽が空を赤く染めてあげた。365日同じことを毎日繰り返しているはずなのに。実際に目の当たりにすると、私はただ言葉を忘れて静かに呼吸をしていた。
「なんで私を誘ったの?」
ようやく言葉に出来たのは、初日の出を見た感嘆でもなくて疑問だった。天海に誘われなかったら今ごろ私は布団の中で夢を見ていた。それなのに冷たい風に吹き晒されながら、私はこの砂浜に立っている。
「名字さんと初日の出見たくなったんで」
「断られる可能性は考えなかったの?」
「名字さんなら俺に着いてきてくれると信じてたっすから」
怒りのバロメーターがマントルを突き抜けて、呆れに変わった。呆れも通り越して変な笑いしか出てこない。だけど嫌な気持ちではなかった。
「……朝ごはん奢ってよね」
「いいっすよ。適当にファミレスにでも入りましょうか」
また天海と砂浜をつけて歩く。朝焼けに染められながら、2人で。