栄華の夜に

※ロボット差別なんてない優しい世界
「今日はありがとうね」
「いっ、いえ!ボクのほうこそ誘ってもらってありがとうございます」
変に声が上ずってしまってしまいました。名字さんがクスクスと笑うので、ボクは名字さんの顔が見れなくなってしまいます。
「そういえば今日のキーボ君おしゃれだね」
名字さんが驚いたような顔をしていました。それはそうでしょう。ボクはオシャレをしているんですから!
といってもボクのボディはいつもと変わりはありません。少しサイズの大きいチェスターコートに袖を通して、インナーに黒のニットを着込んでいるのです。さらにその上には冬らしくアーガイル模様のマフラーを巻いてみました。これでイマドキオシャレ男子風なデートファッションは完璧です!
それでも名字さんに会うまではボクも不安でした。しかし名字さんの反応を見る限りはバッチリのようです。
よかった……。名字さんの隣に立っても違和感がないように、ファッション誌やネットでリサーチをして、服屋さんに行った甲斐がありましたよ……。
「ボクは今日、この日を楽しみにしてましたから」
ボクがそう言って笑う。すると名字さんも「私も」と笑顔で答えてくれました。名字さんの笑顔で胸のあたりが苦しくなります。
「キーボ君、大丈夫?」
「大丈夫です……。ちょっとここ最近調子が悪いみたいで」
「えっ?平気?帰る?」
「帰りませんよ!ここまで来たのに!」
いきなり胸を抑えたボクを心配して、名字さんが優しく声を掛けてくれました。名字さんの思いやりがボクの体に溶けていって、少しだけ苦しみが和らいでいきます。それに少しすれば治まります。
こう頻繁に発作が起こるものではありませんし、飯田橋博士に診てもらったところ問題なしと言われたので問題ないハズ……。
ただ、今までこんな痛み、ボクにはありませんでした。あの日から名字さんのことを思うと回路が悲鳴を小さくあげるのです。
「キーボ君、大晦日って予定空いてるかな」
あれは冬休みが始まる直前の話でした。名字さんが大学で最後の授業前にボクにおずおずと聞いてきたんです。
「特にはありませんが……」
「あのね、カウントダウンイベントに行ってみたくて!キーボ君!一緒に行ってくれないかな!?」
「ええっ!?」
思わぬお誘いにボクはビックリしました。遊園地?カウントダウンイベント?僕はそのとき知りませんでしたが、全国各地の主に遊園地など年末に深夜営業を行って年を越すイベントだそうで。
「他に誰が来るんですか?」
「キーボ君しか誘ってないよ?」
「じゃあ他に誰を誘う予定なんですか?」
「キーボ君以外誘わないよ?」
爆弾を放り込まれて、ボクの頭はショートしてしまいました。
これってデートじゃないですか!!男の子(ボクの性別はどちらか不明ですが、思考的には男の子寄りなのでボクは男の子だと思っています。……ロボットは人じゃないだろとな言わないでください)と女の子が2人で出歩くなんて!しかも大晦日ですよ!デート以外何があるって言うんですか!
でもボクはその場で答えることは出来ませんでした。そのときのボクの気持ちはよく分からなかったのです。嬉しいといえば、もちろん嬉しかったのですが……。上手く言葉に出来なくて、なんとか飯田橋博士に一度聞いてみるということで話を切り上げたのです。
「人が増えてきたね」
ボク達の目的地である公園へ近づく程、人をすこしずつ見かけるようになりました。皆さん、同じ方向に歩いてるようで、ボク達と同じ目的地に向かっているのは一目瞭然です。
「大丈夫ですよ!」
しかしこれはあらかじめ予測できていました!年末のカウントダウンイベントは遊園地で行われるものと先程言いましたが、そういうイベントが行われるのは何も遊園地だけではありません。スキー場のゲレンデであったり、水族館であったり、色んな場所で行われています。
その中でボク達の住む近所には河川敷にある大きな公園があるのです。そこでは毎年夏に花火大会をやっていました。それを大晦日にやろうという話になり、今日初めて行われるというのを調べて判明しました。だから隣県からも人が来ることなんて簡単に予想が着いたわけです。
「こうなることをあらかじめ予想していたので、ルートを割り出しておきました!」
ボクが力強く言うの名字さんは目を輝かせていて、まるで子供のようでした。人通りが少なく、かつ明かりの多いところに名字さんを案内しました。
「手を繋がない?」
「手、ですか……!?」
今はもう人を掻き分けて歩くような状態になってきたので提案なのでしょう。それは分かっているのです。でも付き合ってもいない男女が手を繋ぐなんて、そんなことしてもいいんでしょくか?これはやむなしでしょう。いえ、そんな手を握るなんて……。ぐるぐると頭が回っていると、名字さんが手を掴みました。
「ごめん!はぐれそう!」
「えっ、あっ、そうですね!?」
名字さんの叫び声でかろうじて意識が保たれていますが、手から名字さんの体温がダイレクトに伝わってボクのCPU内の温度を上げさせていきます。
今すぐここから逃げ出したい気持ちに駆られますが、もう周りはおしくらまんじゅうのように人で溢れかえって身動きが取れません。しかも名字さんがピッタリとボクに近づくような形になってしまっています。ボクのボディとは違う柔らかさが、ボクを包み込むように密着するのでイヤでも名字さんという存在を意識せざるをえません。
ここに来る前にちゃんと充電してきたはずなのに、みるみるエネルギーを吸い取られて、ようやく落ち着いたのは土手沿いで腰を下ろした頃でした。
ボクが疲労困憊の中、名字さんは持ってきたシートを引いたりしていました。
「スミマセン……」
「私が誘ったんだし、これぐらいするよ。そらに時間結構遅めに出ちゃったし……」
それでもボクは名字さんに役に立ちたかったのです。それなのにボクばかりが浮かれて、ボクは何も出来てないのが申し訳なくて……。そう呟くと、名字さんが「私の方が浮かれてるからいいんだよ」と言いました。そうかのでしょうか?ボクが見る限り、名字さんはいつもと変わらなさそうに思えました。
「そんなことないよ。キーボ君には断られると思ってたし。大晦日は家族と過ごすものなんでって」
それはボクも思いました。せっかく誘っていただいたのにとは思いましたが、飯田橋博士とゆっくり過ごしたことしかありませんし。
「飯田橋博士に相談したんですけど、もし来年引きずるようなら行ってくればいいと言われました」
それだけではありませんが……。ボクは言うのを躊躇って口をつぐむことにしました。
飯田橋博士は言いました。名字さんに対する気持ちをはっきりさせなさい、と。
名字さんに対する気持ち。なんなんでしょうか。ボクは名字さんのことを好きなのでしょうか?どうなんでしょうか?自問しても答えは返ってきませんでした。
名字さんについて色々考えると、バグが発生したのか結論を出すことが出来なくて悶々としていると、時間だけが過ぎていきました。
「後、ちょっとで今年も終わりだね」
「早いですね」
周りが浮き足立ってきたのに、ボクらは冬空のように冷たくて。最初に待ち合わせて、ここに来るまでの間が熱気だっていたように思えます。風に髪をたなびかせながら、ボクは少し目を瞑りました。少し疲れてしまったのかもしれません。バッテリーも消費してしまいましたし……。
「キーボ君はさ、来年したいこととかないの?」
「ボクですか?」
「うん、目標みたいなもの」
少し考えてボクは答えます。
「歌が上手くなれるようになりたいです……」
「あー、うん……」
名字さんは納得したように返事してくれました。ボクの壊滅的な音痴エピソードを知っている人ですからね。
「でもちょっとずつ、でいいんじゃないかな。音程を取るところから」
「そこからですか……」
「いやいや、基礎はプロでも大事だよ!」
名字さんが前のめりになって、ボクを励まそうとするから、笑いがこみ上げてきてボクは笑ってしまいました。それを咎めることなくボクと笑い合うから、硬くなっていた心が溶けていく。
「名字さんの目標はなんですか?」
ボクが聞くと名字さんが、一瞬真顔になったけれど名字さんは口角を深めてーーボクは目が離せない。
ドンッ。音のなるほうに視線を向ければ、わあっと歓声が沸き起こった。真っ暗な空に白い線を引きながら昇っていく。そして開いた。光の粒が花弁を象った。ボクは息を止めて、ただ見とれていた。あぁ、これだ。
「あけましておめでとう!」
「今年もよろしく!」
地上のあちこちでお祝いの言葉が飛び出してくる。ボクと名字さんは顔を見合わせる。
「名字さん、今年もよろしくお願いします」
「私のほうこそ、よろしくお願いします」
名字さんが笑えばボクも笑う。夜空に花火が咲き乱れる度に、ボクも名字さんだけでなくみんな笑い咲く。
そうだ、名字さんの目標を聞かないと。そしてボクに名字さんに話したい。ようやく分かった名字さんへの気持ちを。逸る気持ちを抑えて、ボクは口を開いた。