メーデー メーデー
心臓が痛い、気が付けば死んでしまうんじゃないのか、なんて。雷門ではあんなにも幸せだったのに。星章に来てからすぐ「すまない、別れてくれ」なんて、理由も言わずに私を捨てた有人は今まで以上にサッカーに打ち込んでいる。
部活を終え選手らが疲れた足を引きずりシャワールームへと吸い込まれていくのを尻目に、私は誰も居ないグラウンドを暫く見つめ、突然吹いてきた激しい風に突き刺され目を閉じた。
風が止んだ。
誰も居ないはずのグラウンドに人影が浮かぶ。
「ねぇ、灰崎君。部活に参加するには……少し遅いんじゃないかな」
「別に。ただ風を浴びてただけだ」
恋に落ちそうな程、うっとりする綺麗で柔らかい髪を風で揺らして……。彼は、褐色の肌を夕焼けに染め私を見つめた。暫く視線が絡み合って、私と灰崎君の間に星が産まれる感覚に身慄いした。先に視線を逸らせてしまった私を見て 灰原くんは真顔で「じゃあな、先輩」と吐き捨て校門の方へと向かった。そんな彼を呼び止め「灰崎君。そろそろ部活に来なさいよ」と無理やり笑顔を作る。すると彼は、私が頑張って作った笑顔をチラリとも見ずに「気が乗ればな」と言い背中を小さく小さくした。
歩くのが早い。背が高いからかな、なんて、どうだっていいことを考えため息を吐く。
「まったく、問題児なんだから」
私もさっさと帰り支度を始めよう。そう思い、踵を飜るや否や土を踏む音が耳に飛び込んだ。誰かいるに決まってるのに『次は誰よ』と、苛立ちまじりに振り向けば……。そこには星章の制服をキッチリと着こなす有人の姿があった。
「有人。お疲れ様」
「さっきのは灰崎か?」
「うん。いつもいつも部活が始まる前に帰るか、部活が終わってから来るんだから」
困った子だね。
夕焼けに染まるグラウンドに向かってポツリと呟く。有人とは話したくない。傷付けるだけ傷付けて、私にちゃんとした説明をしない女々しい彼が嫌だ。まぁそんなことを言いながらも”嫌”と”嫌い”は違うから。まだ心は、彼のものなのだけれど。
「◎、すまないがアイツを少しでいいから気にかけてやってくれ」
「分かった」
「頼んだぞ。お前は気が利くからな、灰崎も心を開くだろう」
それじゃあな。
軽く手を上げて、今までみたいに私の肩にポンと手をのせようとした有人は暫く手を宙で遊ばせ……眉間に皺を寄せた後、ふっと笑う。そして、手を下ろした。
『こうやって他人になっていくんだ』
失恋で女は強く綺麗になるなんて、大嘘だ。泣きまくったせいで目はパンパンだし、寝れないせいで顔色は悪いしカサついてる、食に走って体重は5kgも増えた。
「ばいばい有人」
返事はなかった。
ただただ、無言で私の目を見つめて、困ったように眉を落とした。
+*+*
有人の横を通り過ぎ、着替える為にマネージャー専用のロッカールームへと向かう。サッカー棟はいつも何故かひんやりとしていて気持ちがいい。春奈ちゃん、まだ居るかな? もしかしたら次の試合に向けて情報収集に出て行ったかもな。なんだか、此処に来てからというものひとりぼっちな気がして……。熱くなる目頭を必死に抑え、角を曲がると……。
「あっ」
前をちゃんと見ていなかったせいで、私は自分の足を自分で踏んでしまった。本当に嫌になる、嫌なことはミルフィーユのように重なり、私から私を奪う。顔から地面に落ちてしまうと思ったけれど、受け身を取れない。夜更け過ぎに眠るときのような、気怠さが体を襲う。目を閉じ、床に落ちるのをじっと待っていた……。
その瞬間、胃に響くような低音が耳を撫でた。
「おい、大丈夫か」
逞しい腕が私を抱き留め、嫌味ったらしくないムスク系の香水の匂いが私を包んだ。久遠監督? 身体中を硬直させ、久遠監督の腕から飛び出す。
「監督、すみません……! 大丈夫です」
「泣いてるじゃないか」
ぽろぽろと流れている涙に気が付くと、私はその場に座り込んでしまった。久遠監督は、理由を聞かず腕を引っ張り立たせてくれる。そして、ハンカチを手渡し「好きなだけ泣くといい。慣れない環境でストレスが溜まってるんだろう」と、眉を垂らした。そんな風に優しくされたら泣き止めない。泣き止みたくて、自分のシャツの裾にまぶたを押し付ける。暫くサッカー棟に私の嗚咽が響いた。
ハッと、我に返り私は久遠監督に「すみませんでした……」と謝り、逃げ去る。後ろを振り向くことが出来ない。
「〇さん...?」
「水神矢くん」
「どうして泣いてるんですか」
大きく目を開き水神矢君は私の肩を掴んだ、綺麗な藍色の髪はほんのりとウェーブがかかっている。サファイアみたいな 綺麗な青い瞳が 心底心配してるって感じで揺れていて 優しい気持ちになった。
「ごめんね、なんでもないの...本当に」
「でも、」
「優しいね 水神矢君」
「誰でも...心配しますよ」
「そんな 綺麗な目でずっと見られたら緊張しちゃうよ」
無理矢理笑えば 水神矢君は「す、すみません」と私の肩を離して、開けっ放しの窓から吹いてくる優しい風に目を細めた。
20180508
⇨20251023加筆修正