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唇に触れてみた、もうあの熱は無いけれど思い出してしまう、薄暗い路地裏に不快なゴミの匂いそして灰崎君の男っぽい吐息。

授業中だというのにそんな事ばかり思い出しては惚れっぽい自分の情けなさにため息を吐く、キスをした後彼は私を駅まで送って涼しい顔で帰っていった。灰崎君のかさついていて熱い唇と舌は私の脳内にこびり付いてしまったみたい、よからぬ妄想を始めそうになった時授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「起立、礼」


ありがとうございました、なんて誰もそんな事思ってないんだろうけど明るい声が教室を包む。教師が部屋を出る前に私は廊下に出た。

教室から離れて次の授業の事なんか考えずに私はサッカー棟へと向かった、コツンコツンとローファーを鳴らしてマネージャー専用のロッカールームに手をかけた時「オイ」と声をかけられた。


「灰崎君」

「何してんだよ」

「別に・・・」

「・・・・・・入ろうぜ」


大人の男の人を思い出す大きな手のひらにぎゅっと手首を掴まれる、ごくりと唾を飲んだ音が脳に響いた。扉を開けて中に入れば清潔な香りの暗闇に息を潜めた私達のお互いのシルエットが浮かぶ。


「授業始まるよ」

「そんなに焦んならここには来てねえだろ」

「まあ、そうだけど」

「なんだよその顔」


自分がどんな顔してるかなんて分からないけれど、おおきなイチゴを煮詰めたような瞳の色が私の唇にまとわりつくのを感じた。


「〇」


あぁ、また 彼のいいなりになってしまうんだ。私はぎゅっと目を瞑ってその快感を待った、少しカサついてるほのかにポカリスエットの味がする・・・灰崎君の薄らと開けた唇と私の唇が重なり合う。

ついこの間まで有人にめちゃくちゃにされて、次は久遠監督に虜になったと思えば、今は灰崎君にトロトロにされてる。イカれてるな、自分に毒吐いてキスを楽しんだ。

ちゅ、ちゅと可愛いキスを何度も繰り返せば灰崎君の大きな手が私の髪をぐしゃりと掴む。乱れていく呼吸に合わせて段々と激しくなる舌と指の動き。


「っ、灰崎く・・・チャイム鳴る・・・」


始業のチャイムが鳴る、もうすぐ先生が私が居ないと大騒ぎするだろう。チャイムの音により一層激しくなるキス、唾液が口の端から垂れるんじゃないかと不安になる程灰崎君の舌から受ける愛撫が止まらない。


「ま、っ」

「待たねえよ」


私の髪を掴んでいた灰崎君の大きな手は下に降りていく、耳を滑って顎から頬をぐっと掴むと昨日と同じ獣のような口付けをする。指が器用に動いて私の首筋を撫で上げ鎖骨に触れ、びくりと跳ねる私などお構い無しに進める灰崎君の指先に暑くなる体のせいか・・・有人との初体験を思い出した。


◁◁◁◁◁◁


あれは有人が雷門にやって来てからすぐの事。ドリンクを用意するため部室でせっせと缶の中からプロテインをシェーカーに入れていた時、テーピングを取りに来た有人と部室で二人きりになった。


「〇、好きだ」


急な告白に固まる私とそんな私を凛とした表情で見つめる有人。すごくシンプルで、それでいて脳に甘く響く言葉だった。私はプロテインの入った缶をゴトンと落として部室をスポーツドリンクの香りに染める、有人はホウキとチリトリを持って私の足元を何も言わずに掃除していた。


「鬼道君、今・・・私に好きって言った?」

「ああ 他にどんな言葉に聞こえたんだ」

「いや好きにも色々あるでしょ、黒が好きとか友達として好きとか春奈ちゃんと仲良くしてるからありがとうのついでの好き・・・とか」

「恋愛感情から溢れる方の好きだ」

「・・・嘘でしょ」


あの時の私は随分と間抜けな顔をしていたに違いない、有人は私の手首をやんわりと掴んで自分の方に向かせたと思えば「付き合ってくれ」と真剣な声色で私を突き刺した。


「うん・・・」


情けない返事だったな、今思い出しても耳の裏から頬までが赤く色付くそんな告白から始まった。暫く経って何度も有人の家に遊びに行っては別々だけれどお泊まりもしていた、5回のお泊まりの時・・・。

ほんの少しの冒険心が疼いて私は夜中の1時に有人の部屋に忍び込んだ、不二子ちゃんみたいに忍び足で近寄って部屋を開ければ薄明かりに照らされた有人の「・・・◎?」という声が聞こえた。


「なんだ 起きてたの?」

「普段ならまだ寝ていない時間だからな、それよりどうした」

「ううん 別に、有人起きてるかなぁって」

「なんだ一緒に寝たいのか」

「聞いてる?人の話」


液晶の光がゆらゆら私と有人を照らしていたと思えば消えた、一気に暗くなって何も見えない私は手探りで有人を掴む。優しい熱が私を包む、抱き締められたままベッドにゆっくりと寝かされて私は何度も瞬きをした。


「有人・・・?」

「なんだ」

「恥ずかしいんだけど」

「そうか」

「ねえ」

「なんだ」


まるでロボットみたいに同じ言葉を繰り返す有人の胸元をぐっと押すが流石男の子だ小柄だけれど私なんかよりも力は強い、急にドキドキと激しくときめく鼓動がうるさい。


「◎ 怖いか?」


その一言に濃縮された男と女の違い、ううんと小さく言ってはみたもののこんな展開になると予想してなかった私は正直ビビり散らかしていた。


「◎」


人差し指で私の目尻を撫でてからゆっくりと顎を掴む、親指で下唇を何度かふにふにと触られた後キスをされた。いつもと違う、全然違うキスにベッドに横になっているというのに立ってられないと足の力が抜ける。

私はその日、大好きな彼に女にされた。


▷▷▷▷▷▷


深くなっていくキスを続けていたせいかぐにゃりと溶けた太ももがベンチに張り付く、べたべたと汗だくになってる2人。コツンコツン、そんな時に外から足音が聞こえてきた私を抱き上げてロッカーに押し込み行為を続ける灰崎君のせいで酸欠気味の私は自分でもいやらしいと感じるような声を漏らした。

扉の開く音、私と灰崎君の混ざる吐息、絡まる毛先、暫く息を整えながらそっとロッカーの隙間から部屋の中を見れば見慣れたハット姿の久遠監督がいた。ギュッと縮み込む胃と心臓、彼は私と灰崎君を探しに来たのだろうか・・・暫く考え込んだ様子の久遠監督は「やれやれ」と小さく呟いて部屋を出ていった。遠くなっていく足音に安堵するも束の間、灰崎君は私の腰から胸までを一気に撫で上げて「アッチィな」とウザそうに声を荒らげロッカーを開けた。

酸欠に熱中症みたいな倦怠感、私と灰崎君は息を整えて汗で張り付いた前髪を額から剥がして見つめあう。お互い何も言わずに扉に向かえばお昼休憩が始まるチャイムがなった。


20191125