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久遠監督にさよならを告げた夜、葬式みたいなプレイリストを作ってそれを聴きながらわんわん泣いた。

恋をしてる時は失恋ソングを馬鹿にしていたけど、こんな時は私の横に寄り添ってくれる 失恋した恋心に溜まった涙が全て出ていった頃 私は意識を失った。



「...目ヤバッ」



思わず漏れた馬鹿みたいな声。

鏡に向かってお母さんが買ってきてくれた安い化粧水を肌に染み込ます、ぐんぐん入っていく水分を感じながら私は小さく溜息を吐いた。

ここ数週間は鏡を見るのが好きだったのにな、何度も噛んだせいでガサついた下唇にほんのりと甘いリップクリームを塗ってから私は制服のネクタイを締めた。



「行ってきます」



行ってらっしゃい。台所の方から聞こえてきたいつも通りの母の声に背中をドンと押されて私は玄関を出てマンションの下へ降りれば、昨日と同じ光景が...

目眩がするようなリムジン。



「◎」



勿論そんなものに乗って現れるのは有人だ、今になってはどんな顔をしたらいいか分からない。

お互い微妙そうな顔をしながら暫く見つめ合っていたら、きっと痺れを切らした袴田さんが出てきてドアを開けてくれた。



「おはよう 有人」

「おはよう、◎」



お互いの言葉を選ぶ時間が随分と長い。

愛してたと言ってもいいそんな目の前にいる彼の綺麗な唇が薄らと開いた。



「...お前のその顔は2度目だな」

「バカにしてんの」

「違う、俺のせいでそんな顔をしていると思うと心苦しいんだ」

「バカじゃないの...」



申し訳なさそうに顰められた眉。



「すまなかった」

「もう謝らないでいいよ もう遅いんだから」

「...そうか」

「そんな顔するくらいなら私とヨリ戻せばいいじゃない、」



お互い馬鹿すぎる、うっかりと滑らせた言葉に目眩を覚えた。昨日の久遠監督の言葉をもう蜃気楼のように消してしまった私、傾国の美女になったつもりなのか。

自分に悪態を吐けば有人は「そう出来るならしているさ」なんて、また 申し訳なさそうに眉を顰める。



「そんなに 難しい事なの」

「俺達には使命がある、すまないが 俺の事を待っていてくれないか」

「それがいつになるか分からないのに 待てっていうの?」

「そうだ」



俺の事が好きならそれくらい出来るだろう、そう言いたげに私の肩をぽんと叩く有人。私の気持ちなんて考えない馬鹿から目を逸らせば やっと学校に着いた。


こんな男の前では絶対泣きたくない、ツンと痛む鼻を抑えて私は車から降りる。後からなにか言ってる声がするけど 足速に私は校門を抜けて校舎へと足を踏み入れた。












茜は今日も喋らねぇ、ぼーっとどこ見てんだがわかんない目だけが薄らと開いてる。

心が破壊され尽くした人間は 嗅覚も聴覚も視覚も...全て使いもんになんねぇ、大きな窓から見える綺麗な空の色も小鳥達も 昔の俺とお前みたいなガキ二人がでっけー飴食べてるところも俺の声も 俺の顔も俺の気持ちもお前は感じ取れないんだろ。

また来ると短く言って、クマのぬいぐるみをぎゅっと押し潰すように撫でて部屋を出た。アイツが名残惜しげに俺を見てるかもしれないなんて淡い期待に負け振り返ったが隙間から見える茜は相変わらずぼーっと宙を見つめてる。


ぼんやりした足取りで俺は一階に向かう。待合室に行くとテレビから クールに気取った豪炎寺の声が、その内容は俺を挑発する内容で眉間に皺が寄っていくのが分かる。

俺はその場から逃げるようにして病院を出た。

クソ、俺の事なんも知らねえクセに 偉そうにしやがって。



「嫌いだ こんな世界」



誰に言うわけでもないデケェ独り言は街中の楽しげな声に掻き消される、そんな中ゲーセンの方へと歩みを進めれば見慣れた女の姿が見えた。

最近うるせェくらい元気だったアイツの顔は初めて会った時みたいに暗くて、とぼとぼとちゃんと前を向かずに歩いていた。左手の中指と人差し指で頬っぺたを撫でるように涙を拭いてたせいで 人にぶつかって倒れそうになる〇。



「チッ」



舌打ちしながらも動いてしまう身体が情けねぇ、グラッと傾く女の腕を掴んで自分の方へと引き寄せる。きったねえ顔が俺の胸元へ倒れ込むと 「ぇっ、」と小さい声が漏れた。



「前見て歩けよ センパイ」



驚いた顔の〇は 汚く泣き潰した目にまた涙を溜める、俺が泣かせたみたいに周りが見てくる それに耐え切れず俺はゲーセンの横の路地に〇を引っ張った。



「お前のせいで俺が泣かせたみたいになっただろうが」

「ごめん、灰崎くん ありがと」



涙を久しぶりに見た気がした。

感情がある、肉体と精神が産む涙があまりにも生々しくて 俺は自分でも恐ろしい程〇の瞳と唇に惹かれた。

涙でぼろぼろになった目、がさがさの唇なんて どう考えても気持ち悪ィし 俺はこんなの好きじゃねえのに。



「はいざき、くん...?」



瞼に人差し指を置いて 〇のかさついた唇に自分の唇を這わせてみた、楽しそうな笑い声が薄らと聞こえる 暗くて臭い路地で俺達はキスをしてる。



「...クソッ」



初めてのキスがこんな女となんて、俺は何してるんだよ。茜の顔を思い浮かべてから初めて見る〇の心底驚いたって顔を見た、引き返せないその事実は俺達の間に電流を走らせる。



「いつまで目開けてんだ、閉じろよ」



首に這わせた指を〇の顎に添えて、俺はグッと上を向かせた。





20190326