だから私は恋をしない
彼女の母親は、当たり前だが彼女にそっくりだった。
少し顔色の悪い彼女の母親は冷えきっている私の身体を気遣い、温かいお茶を自販機で買い私に手渡す。指先がじんわりと暖まっていくというのに、心は冷えきったままだ。彼女の母親にどんな顔を見せればいいというのだろうか? 目を合わせることが出来ず、静かな時が流れていった。
「影山君、よね?」
「……はい」
「付き合ってたのよね、あの子から聞いてたの」
「そうですか……」
「いつもね帰ったら貴方の話ばっかりしてたわ。初恋だったのね、楽しそうに話してたから、私も会った事がないのに 貴方のこと好きになってたの……。こんな形だけれど可愛い娘の大切な人に会えて良かった」
「すみませんでした、彼女を守れなくて……ッ、く」
もう枯れたと思っていた涙が溢れ出す。
目の前の女性が溶けてしまったように、輪郭がぼやけていく。彼女の母親は私と同じ様に肩を震わせて涙を流しているのだろうか? 私の肩に手を置いて「貴方は何も悪くないのよ」と、呪いを口にした。
違う、私が全て悪いんだ。
だが、何も言えず。ただただ、肩に乗せられた彼女の母親の手のひらの温かさに、面影を追い、涙を流す。申し訳なさに死にたくなった。
「楽しい思い出を作ってくれた貴方には感謝したいの」
「そんなものはいりません」
「言わせて頂戴よ、あの子の最期は辛いものとなったけど、あの子の毎日を彩ってくれたのは貴方よ」
やめてくれ。
叫びたかったが、体も唇も動かなかった。
「ありがとう、影山君」
それは呪いの言葉。
罵倒を浴びせられる方がよっぽど気持ちが楽だっただろう。娘を殺したのは あの男だが、原因は私にあるのだ、私が彼女にナイフを刺したようなものなのだ。
「私も警察に行かないといけないから、一緒に行きましょう……あの子と貴方が普段どんな話をしてたのかとか、どんな場所に遊びに行ってたか知りたいわ」
なんて彼女の母親は無理矢理笑った。
葬式から一週間後。
今日はフットボールフロンティア決勝戦、雷門イレブンを乗せたバスは横転した。
全てが変わる日。
全てを変える日。
黒電話の受話器をガチャンと元の位置に戻して、私はガルシルドへ電話をかけた。
「全て、計画通りに進めました」
「御苦労だったね。今日から晴れて君が行きたがっていた帝国学園の生徒だ、これからも君には期待しているよ。もうすぐそこに車を向かわせる、それに乗っていくといい」
返事をせず、通話終了のボタンを押した。今日からは敵になるあいつらの事が脳裏に浮かぶ。怪我だけで済んだのだ、これで良い。雷門のジャージとユニフォームを脱ぎ捨てて、帝国学園の深い緑の制服に身を包んだ。深い深い緑色を見ていると……まただ、また、彼女の事を思い出した。
彼女の母親の事も。そして、影山東吾と母を。
「私は勝ち続ける、敗者に価値はない」
その言葉は帝国学園の制服に飲み込まれる。彼女から借りていたハンカチをポケットに忍ばせ、あの男が寄越した車へと乗り込んだ。
聖書で読んだ天国は随分と居心地が良さそうだった。白い世界で寂しい思いをして無ければいいが、復讐が全て終われば、私もお前の所にすぐに行く。それまで待っててくれ、なんて、烏滸がましいだろうか? 握り締めたハンカチはポケットの中でふんわりと温かくて、また涙が出そうになった。だが、 私にはもう、涙を流す時間さえ勿体無いのだ。
20180626(完結)
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