最近嫌な天気多いな、はぁっと大きく零した溜息は大きな雨の音に消された。
小さな喫茶店の趣味の良い黄色い日よけで雨が楽しそうにトランポリンをしている。ぼんやりと上で楽しげに遊んでる雨粒達を睨んだ後大嫌いな煙草の香りに前を向いた。
「すまねぇが、横いいか」
「・・・いいですけど・・・煙草消して下さいよ」
「どこも愛煙家に厳しいねぇ、ほらよかわい子チャンの頼みときたら断れねぇからな」
私よりもうんと年上で私よりもうんと背の高いその男は胡散臭い雨で濡れたサングラス越しに私の瞳をねっとりと見つめて煙草を雨の中に放り投げた、オレンジ色に燃えていた悪魔は無邪気な雨粒達に殺されて灰色にくすむ、歩き煙草に煙草のポイ捨て・・・信じられないくらいマナーの悪いオジサンをやんわりと睨めば濡れて重くなってそうな毛皮のコートを脱いで片手に持った。
「嫌になっちまうなぁ、雨ばっかりでよ〜」
独り言の様に日よけを見上げてそうつぶやいた後オジサンはサングラスを取った。
「なぁ、嬢ちゃん ハンカチかなんか貸してくれねぇか?」
「嫌ですよ 見ず知らずの人に貸すなんて」
「つれねぇなぁ でも男はそういう女に惹かれちまうんだよな」
「そういう事言うんセクハラですよ」
「嫌な世の中になっちまったもんだぜ」
そう言って何が面白いのか豪快に笑うオジサンは拳3個分離れた場所でズルズルと壁に背をつけて座り込む。
一層強くなった雨の音が耳の奥の奥に響いた、雨に濡れた体に冬の冷たい風が染み込んでいく。
くっしゅん!
変に可愛らしいくしゃみが出てしまって恥ずかしい、咄嗟に手の甲で口元を抑えればオジサンと目が合った。
「さみぃもんな」
「・・・平気です」
「本当かぁ?」
「平気ですってば」
「なんならオジサンがあっためてやろうか?」
「あのねぇ・・・って、へくしゅん!!」
「ハハハ、可愛いねぇ」
しゃがんだまま頬杖ついてオジサンは私を見上げる、目元の傷痕が私を捕まえた、ごくん唾を飲み込んだ音聞こえてしまっただろうか。
「オッ、来た来た」
ヨッコイショと色気のない掛け声で立ち上がると目の前に現れた車の扉を開けたオジサン、血色の悪い運転手がちらりとこちらを見てから面倒臭そうに前を向いた。
「お嬢ちゃん最寄りどこだい、送ってってやらぁ」
「雨止んだら帰るんで放っておいて下さい・・・車ん中煙草くさそうやし」
「しっかたねぇなぁ、ほらよ」
奥から傘を取り出した後「コイツも貸してやるよ」とタオルを渡してきた、セクハラオジサンに何か施しを受けるのは正直嫌だったがそんな事は言ってられない好意に甘える事にした。
「ありがとうございます」
「良いって事よ」
「あの、名前・・・助けてもらったし」
「天谷奴零だ」
「あまやどれいさん」
「お嬢ちゃんの名前も教えろよ」
「◯◎です」
「・・・ふぅん 、◎チャン今から大事なオシゴトに行ってくるからよ」
「・・・天谷奴さんありがとうございました、また」
「あぁ、またな」
あんなにツンケンしてしまった事を心の中で恥じていたらジッと天谷奴さんは私のことを見た後にやりと笑った。
「◎チャン」
「なんですか」
「コートのおかげで横からじゃァ見えなかったけどよぅ、雨のせいで下着見えてるぜ」
「は?」
「赤は目立つなぁ〜いやあ〜イイ目の保養だぜ、それじゃ気をつけて帰れよ〜」
サングラスをかけ直して天谷奴さんを乗せた車は動き出した、車が見えなくなってから急に熱でも出たみたいにドキドキと震え出す脳と心臓を隠す様にタオルを胸に抱き「なんなの、あの人」と情けない声を漏らす私。
残ってないはずの大嫌いな煙草の香りに抱きしめられている錯覚、その感情の名前を私は知っていた。